「…それで、僕にどうしろというんだ?」
青の間。
市長との話し合いのあと、トォニィをはじめ、ナスカで生まれた子どもたちは早々にソーラデヤのミュウ収容施設解体の対策に入ったらしい。シャングリラに到着するなりさっさと姿を消した。ジョミーにいたっては、収容施設から開放されるミュウを迎えにいくべく、リオに指示を出していた。どちらも市長の話など気にした風もない。
「悪い話ではないと思うのです」
ハーレイとエラのふたりは困惑したように顔を見合わせていたが、やがて思い切ったようにエラが口を開いた。
「アルタミラから逃れて数百年経ちましたが、あのときから私たちの求めるものはなんら変わっていません。私たちは、SD体制の敷いたレール…ミュウを生かしておいてはいけないという考えに疑問をもち、ミュウを理解してくれる人間をずっと探してきたように思います。長い間には何人かの理解者が現れましたが、結局マザーシステムによって危険な思想を持つ人物として、殺されたり洗脳されたり…」
「ジョミーは何といっている?」
だが、ブルーの鋭い切り返しには、ぐっと詰まらざるを得ない。エラは言葉を失ったように黙り込んだ。
戦いは続いている限り、あれはミュウを捕らえるための収容施設であり、ミュウを根絶やしにするための実験施設だ、だから破壊するのが当然なのだ、と。
そうはっきりとハーレイに伝えてきたジョミーの言葉は、決して間違いではないのだ。
「…君たちの気持ちは分からなくはない。僕も君たちとともに長い間雲海に潜んできた」
その様子に、ブルーは心持ち口調を和らげた。
「ミュウ抹殺を第一に掲げるマザーシステムを覆すためには、ひとりでも多くの理解者をつくることが重要と思っていた時代もあった。けれど今は理解者を求めるよりも、自ら戦って存在を勝ち取ることを目標にしている」
「それは…分かっています。ですが…」
「それなら、僕たちの考えは今のソルジャー・シンの方針にそぐわないと分かっているはずじゃないか」
今度ははっきりと言い切る前ソルジャーに、ふたりは言葉を継ぐことができず、のろのろと退出を申し出てから青の間を出て行った。
その様子を見届けて、ブルーはふうとため息をついた。
「理解者…か…」
たった今彼らを諭したとおり、今はそんな悠長なことをいっていられるときではない。他力本願だった他者に頼る方法が成功しなかったからこその、今の進撃なのだ。たとえ、本当にミュウの理解者が現れてくれたところで、その方針は転換されるものではない。
静かに目を閉じるブルーの横顔が、切なげなものに映るのは気のせいではないだろう。
…罠だったこともある。信用していたのに、直前で裏切られたことも。そんな痛みも覚えているだろうに。
「…つくづく、ミュウは戦いに向かない種族なんだな。君には苦労をかける」
『そんなことはありませんよ』
そんな思念波とともに、青の間の中空に緋色のマントがたなびいた。
『市長からミュウ収容施設開放の知らせが入りました。今リオに向かってもらっていますが、開放人数は200人弱だそうです』
ジョミーは危なげなく床に着地すると、翳った瞳でじっとブルーを見つめた。
「…少ないな」
しばらく考え込んでから、ぽつりとつぶやく。
確かに、もっとも規模の大きな収容施設という割には意外に少人数だ。最大どのくらいの収容人数なのかは分からないが、上空から見ていた限りにおいては、その何倍もの人数がいるものと思っていたのだが。
『僕もそう思います。施設の解体を早めてもらう必要がありますね。一月待っていては、救える命も救えないかもしれない』
最初の建物が竣工してから200年が経過している建物。中はどうなっているのか、資料は手元にないし、あったとしてもどんな隠し部屋があるか分からない。まだ大多数のミュウが収容されていて、こうしている間にも実験や虐殺が続いていたら…。そう考えるとぞっとする。
「…そうだね」
一呼吸おいたブルーに、ジョミーは表情を緩めた。珍しく、いたずらっぽい笑みが浮かんでいる。
『あなたも、施設の解体には反対ですか?』
からかうような台詞に、ブルーはむっとしてジョミーを見上げた。
「いや、君の判断は正しい」
『でも、得がたい理解者に未練がある?』
「誰もそんなことはいっていない…!」
『ブルー…?』
さすがにブルーが怒るとは思っていなかったらしく、ジョミーは驚いた様子で黙り込んだ。それにブルーはすまないとつぶやいて、自嘲的に笑った。
「…君やトォニィは不思議でたまらないだろうな。ウソかもしれないと分かっているのに信じたくなるというのは」
――どうしてこんな扱いを受けなければいけない…! 僕たちがいったい何をした…!?
脳裏に浮かんでいるのは、実験体としての辛い日々なのか。仲間たちが死んでいく場面なのか。
「同じ人間から受けた仕打ちを、少しでも拭い去りたかったのかもしれないな…」
先ほどの激昂がうそのようにとつとつと話すブルーを、ジョミーはしばらく黙って見つめていたが、やがて神妙な顔で頭を下げた。
『すみません、失礼なことを…』
300年も前の過去とはいえ、心身ともに痛めつけられ、人しての尊厳さえ踏みにじられた実験体時代。この船に来たばかりのとき、その心に触れたときの悲しみを忘れたわけではなかったのに。
「いや、君は悪くない」
こんなことをいうつもりじゃなかったとつぶやいてから、ブルーは息を吐く。
「ただの感傷だ、気にしないでくれ」
『いえ』
それでもジョミーはかたくなに首を振った。
『心無い発言でした。許してください』
ブルーは、目を伏せて頭を下げているジョミーを見ていたが、やがてふっと笑った。
「…そんな風に謝られては、許さないなんていえないよ。君にはかなわないからね」
軽い憎まれ口。それでも、ブルーが平常心を取り戻したと思ってほっとしたのか、ジョミーもほっとしたように微笑んだ。こんな表情をソーラデヤ市長が見れば、びっくりするだろう。
『それは僕の台詞です。あなたにはかなわない』
穏やかな時間、けれどブルーはすぐに笑顔を消した。
「…ハーレイやエラは、かなり冷静さを欠いているな。これがマザーシステムの仕掛けたことなら、この次に何がくるのか…」
『僕なら、内側から崩しにかかります』
思案気なブルーに、ジョミーはあっさりと言い放った。ブルーは何か言いかけたが、結局再び口を閉じた。
『外側からの揺さぶりで動揺している今がチャンスでしょう。心の弱いミュウは簡単に傷つき、勝手に自滅する。力で押すよりも、よほど効果的で効率的だ。…何が起こるかは分かりませんが』
ブルーはしばらくジョミーを見つめていたが、やがてため息をついて目を伏せた。
「…君が人類側の司令官でなくてよかったよ」
『何のことです?』
ジョミーは不思議そうな顔でブルーを伺う。
「君は、人類でもありミュウでもある。そのどちらの考え方も理解できるから、君が人類統合軍の一員だったら、こういうときにはひどく残酷な作戦を思いつきそうだと思っただけだよ」
『そんな選択肢はありえません』
ジョミーはくすっと笑って首を振る。
『あなたと一緒に地球を目指すのは、生まれるずっと前から決まっていたことですから』
ブルーはきょとんとしていたが、やがてぷっと吹き出した。
「そんな台詞、どこで覚えてきたんだい?」
『覚えるも何も、事実です』
「いうようになったね…」
ブルーはまじめに伝えてくるジョミーの顔をあきれたように見つめたあと、ハーレイとエラの出て行ったドアのある方向を見つめた。
「…では、君に全面的に任せよう。今回は特に、僕よりも君のほうが的確な判断ができそうだ」
『誉られたと思っておきますよ』
「…頼もしくなったといっておこうか」
『好きにどうぞ』
しかしこのとき、どちらもこの緩やかなときが嵐の前の静けさに感じられていたのであった。
18(ソーラデヤ3)へ
いつもとはちょっと違う育英惑星攻め♪ よく考えれば、心優しく同胞思いのミュウに対して人類は作戦を誤ったなあと思います。で、ついジョミーがキースとともにミュウ殲滅作戦に加担していたら…なんてことを考えてしまいました!
…つくづく、ブルーはいい仕事しましたなあ…。 |
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