|      育英惑星ソーラデヤ。ここには大きなミュウの収容施設があることが分かっていた。だから、育英惑星の制圧と施設に収容されているミュウの解放の要求が、今回の主な目的となっていた。『ソーラデヤからは、激しい抵抗が予想される』
 言ってみれば、ミュウのことをもっとも分かっている星なのだ。そして、ミュウはヒトなどではなく、実験体であるという意識の強い星。事前にソレイド軍事基地からソーラデヤのミュウ収容施設の概略を手に入れていたが、その機能、役割の多さには驚くばかりだった。
 ミュウの実験体制はもちろんのこと、ミュウを利用した軍事演習、対ミュウ武器の開発、ミュウの特性、思考パターンの研究など数々のメニューがある。
 中でも、ミュウの実験施設はいくつもの種類に分かれており、その内容も多岐に渡っている。もちろん、実験設備だけではない。その実験などで傷ついたミュウの療養設備もある。実験に使用するミュウは、決して使い捨てではいけない。同じ個体で長くデータを取ったほうが、より信頼性のある結果が得られる。…それは、逆の立場にとってはとんでもなく非道なことと思えるが。
 そのミュウに支配されてなるものかというソーラデヤ側の思いもあるだろう。そう思っていたのに…。
 「ソーラデヤから入電、降服勧告を受け入れ、実験体のミュウの引き渡しに応じるそうです」
 ルリの声に、緊張したブリッジの中がほっとした雰囲気に包まれた。無益な戦いを回避できたという安堵感、そして仲間を助けることができるという喜びとで。しかし…。
 いつものとおり、最初はソルジャー・シンのテレパシーによる降服要求、それからミュウ収容施設の即時解放要求を行ったのだが、ほんの数分のちにソーラデヤ政府はシャングリラにすべての要求を飲む旨を伝えてきた。だが、今まで必ず何らかの抵抗があったことを考えれば、首をかしげざるを得ないところだ。
 「…呆気なさすぎるんじゃない?」
 「僕たちがソレイドを落とした話が伝わっているからだろう」
 「何かの罠ってことも考えられるぞ」
 「反対に私たちを実験体になんて考えているんじゃないの…?」
 ブリッジクルーたちも不安げに口々にささやく。その様子に、ハーレイはこほんと咳払いすると、皆を見渡した。
 「戦わずに済むなら、それが一番だ。…しかし油断は禁物だ、まだ警戒を解くな」
 それだけ言うと、シャングリラとその脇を固める船にいつもの張りのある声をあげた。
 「全艦、ソーラデヤへ向けて発進!」
 その様子を微動だにせず見守っていたジョミーだったが、ふっと後ろを振り返った。
 『…シロエ、気分が悪いのなら部屋に戻っていろ』
 ジョミーの後ろにいる少年の顔は真っ青で、細い身体は細かく震えている。
 「いえ…大丈夫です…」
 吐き気すら催しているのか口元を押さえてつぶやいたが、ジョミーはその様子を見やってから再び視線を前に戻した。
 『君がここで倒れでもしたら、皆を動揺させる。とにかく、ブリッジから出ていろ』
 そう言われるのに、シロエは目を伏せて頭を下げた。
 「分かり…ました。失礼します…」
 それだけ言うと、シロエはそっとブリッジを出て行った。けれど、誰もそれには気がつかず、スクリーンに映る緑の育英惑星を見つめていた。
  ときは数日前にさかのぼる。 青の間に、長老たちとリオとトォニィ、そしてシロエが集った。「何ですかな? 話というのは」
 ヒルマンがそういうのに、ジョミーがもう何も映すことのない瞳を上げた。
 『次に落とす惑星のことだ』
 「ソーラデヤかい?」
 ブラウがつぶやくのに、ジョミーは軽くうなずいた。
 『まずこれを見てほしい。ソレイド軍事基地のデータにあったものだが』
 ふっとスクリーンが点灯し、頑健な鋼鉄の建物が映し出された。
 『ソーラデヤ惑星上には、数ある殖民惑星の中でもっとも大規模なミュウの収容施設がある。面積は5,000ヘクタール、この中に実験棟、療養病棟、研究棟などが十数棟ずつ建っている。収容可能なミュウの個体数は500とされるが、実際に収容されている人数はそれよりも多いだろう』
 続いて、収容施設内の写真が次々と映し出された。もちろん、人の姿はない。誰かに、おそらく地球政府のお偉方に説明する資料としてつくられたものなのだろう、無人の施設内が映し出される。そして。
 「…なんじゃ、これは…」
 ゼルが苦々しくうめいた。
 つぎに映されたのは、文字の羅列だった。ミュウの実験内容や対サイオン演習の内容などを項目別に表したものだ。おそらく、先の写真と同じように説明資料の一部なのだろう。昔を思い出したのか、エラは顔を両手で覆い、ハーレイは目をそむけ。ブラウは苛立たしげに首を振り、ヒルマンは黙って目を伏せた。ミュウの実際の迫害も実験も知らないトォニィも、不愉快そうに眉をひそめてそっとベッドの上のブルーを見やったのだが。
 「…?」
 ブルーの紅い瞳はただその文字を見つめているだけだ。表情には何の感情も浮かんでいない。
 『今回は、ソーラデヤの制圧に加え、この収容施設の廃止も目的とする』
 「当然じゃ! こんなものはさっさと壊してしまわんといかん…!」
 「壊しにいくのなら、僕も行く!」
 「そうか、それは助かるのう」
 …珍しく、ゼルとトォニィの意見が一致したようだった。
 『…それは、ソーラデヤを落としたあとだ』
 やんわりといさめてから、ジョミーはソーラデヤ攻略の段取りを簡単に説明し、その場を解散させた。青の間のベッドを中心に集まっていた面々も、思い思いに散っていく。ふとそのとき。
 「…ソルジャー・シン、それからシロエ。すまないが、君たちはここに残ってくれ」
 今まで沈黙を通していたブルーの声で、ジョミーとシロエの足が止まった。
 『分かりました』
 ジョミーはすぐに引き返してきたが、シロエは退出しようと出口を向いて立ち止まったまま、動かない。怪訝そうにシロエを伺うジョミーだったのだが。
 「…こんなところで会議を開かなくてもいいと、何度言えば分かる。君のすることにいちいち口出しはしないといったはずだが」
 不満げなブルーにそういわれるのに、ジョミーは改めてベッドの主に向き直ってから神妙に頭を下げた。
 『適当な会議室がありません』
 …また人を食った答えだ。ブルーは眉をひそめたままジョミーを見つめた。
 「なんなら、君の部屋と交換しようか。僕にはこんな広い部屋は必要ない」
 『それでは、青の間が無人になります』
 「それは君がきちんとベッドで寝ていないだけだろう」
 『必要性を感じません』
 「それは問題だな。自分の体力に自信があるのは結構なことだが、無理を押して倒れてしまっては元も子もない。君はただでさえ無茶をしているんだからね。その話はいずれきちんとしなければいけないが…」
 一歩も譲らないジョミーの返事にブルーは息を吐き、次にはこちらに背を向けているシロエを見た。
 「…シロエ。君は今度の作戦から外れたまえ」
 今度の作戦とは、ソーラデヤ攻めのことだ。話が急に自分のことになって、シロエは慌ててこちらを振り返った。
 「どうして…!?」
 「ソーラデヤの収容施設は、小規模な育英都市並みの大きさを持っている。他の育英惑星と違って、施設の運営には軍だけでなく、ソーラデヤ政府自体が大きく関わっていると見るほうが自然だ」
 ブルーの言葉を、シロエは蒼白な顔で黙って聞いていた。
 「このシャングリラがソーラデヤを落としたあと、実際に政府の要人と相対してこちらの要求を突きつけることとなるだろうが、君の知っている人間が目の前に立たないとも限らない。…そんな事態は、君にとっても嫌だろう」
 その台詞に、シロエはごくりとつばを飲み込んだ。だが、話についていけない人がここにひとり。
 『…ブルー…?』
 何の話だ? と言わんばかりのジョミーだ。
 「…サイオンを使うつもりじゃなかったが…」
 『そんなことはどうでもいい』
 ブルーが苦そうにつぶやくのに、ジョミーはあっさりと切り捨てる。しかし。
 「では、君に訊こうか。シロエはトロイナスの収容施設に来る前は、どこにいたんだ?」
 …反対に問い返されてしまった。
 『…本人も施設の名前まで覚えていませんでしたし、トロイナス衛星軌道上の収容施設のコンピューターは損傷が激しくて…』
 それは、ジョミーの破壊力が大きかったためだろう。シロエやトロイナスの収容施設にいたミュウの履歴を辿ることはできなかったようだ。後ろめたいせいか、少しばかりジョミーの思念波が弱い。
 「…まったく、君らしいね」
 ブルーは呆れたようにつぶやくと、シロエを見つめた。
 「君も、今ここで施設内の画像を見るまで気がつかなかったんだろう。君はおそらくこの場所で数年間を過ごしてから、何らかの理由でトロイナスの収容施設に移された。そうだね?」
 その問いかけに、シロエは黙ったままだった。が、ブルーは構わず続けた。
 「ドクターから君のことはよく聞いている。せっかくここまでよくなったのだから、無理はしないほうがいい。ソルジャー・シン、それでいいね?」
 だが、ジョミーが何か言おうとする前に。
 「いえ…! 本当に大丈夫ですっ!」
 かたくなに叫ぶシロエに、ブルーとジョミーはただ黙るしかなかった。
 
 
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        | と言うことで、ソーラデヤ編、始まり始まり〜♪♪♪ このあたりは無骨なジョミーよりも経験者のブルーに気を回していただきましょう! 何だかお父さんとお母さんみたいな役割になりつつあるような気はするけれど…。 |   |