|     『入ります』青の間の前。ジョミーは中に思念波で声をかけたが、反応がない。構わずに中に入ろうとしたが、なんとドアが開かない。サイオンを使っている気配はないから、単に中から鍵をしめている、といった状況なのだろう。
 …いったい何を考えているんだろう、あの人は…。
 ジョミーはため息をひとつつくと、サイオンを発動させ、扉のロックを解除した。何らかの抵抗があるかと思ったが、特段何の反応もなく、ドアはシュンという音を立てて開いた。
 ベッドに続く通路を歩けば、ほどなくベッドに腰かけた彼の人の後ろ姿が見えた。こちらに背を向けて座っている。
 『ご存じだと思いますが…ソレイド軍事基地を落としました』
 そう言っても振り返ることすらしない。ジョミーは怪訝そうに立ち止まった。
 『…ブルー?』
 あの誰もが無気力に陥る中、それでも戦いを続け、勝利を収めたということは、第三者から見えればすごいことだと思うが、それに奢るでもなく、誇るでもなく。ジョミーの態度はいつもと変わりなかった。
 「そう…だね、見ていたよ」
 ブルーはこちらに背を向けたまま、ぽつりとつぶやいた。
 「見事な戦いだった。難攻不落といわれていた基地を相手によくここまで戦うことができたと思う」
 さらに、静かな声でそう告げてきた。その様子がどうにも彼の人らしくない。ジョミーはわずかに眉をひそめた。
 「疲れただろう、たまにはきちんとベッドで眠りたまえ。君が健康だということはよく分かっているが、油断は禁物だ」
 今度は言外に出て行けと言わんばかりだ。ジョミーは返事もせずにベッド座っているブルーに近づき…そこで動作を止めた。それを感じ取ったブルーがゆっくりとこちらを振り返った。その表情に、自嘲的な笑みが浮かぶ。
 「…目の見えない君なら誤魔化せるかもしれないと思っていたんだけどね」
 白い顔がさらに蒼ざめている。いや、血の気すら感じられない透き通った肌とでもいおうか。声の調子は普段と変わらなかったから気がつかなかったが、こうして身体を起こしているだけでもかなり辛そうだ。それが証拠に、ほんの少し動くだけで息が上がっているようだった。
 『なぜ…無理に起きているんですか』
 責めている様子はないが、それでも不機嫌そうにジョミーは思念波で寄越した。
 「君が来るだろうと思ったからね。心配しなくても休むよ」
 だから、君も早く部屋に戻ればいい。
 ブルーはそう続けたけれど、はいそうですかとそのまま出て行くジョミーではない。上掛けをよけて横になろうとするブルーに手を差し伸べたようとしたのだが。
 「必要ない」
 にべもなく断られた。さすがにジョミーも眉を寄せる。
 『…どうかしたんですか』
 「どうもしない」
 そうは言われても、いつもとは態度の違いすぎる前長の様子に、ジョミーはむっとしたようにブルーの手首を掴んでこちらを向かせた。ジョミーの手を払おうとしたブルーだったが、現ソルジャーの腕力にそれもかなわず、正面からジョミーを見つめる形になった。
 「…乱暴だね」
 苦しそうな中に呆れたようなブルーの表情だが、対するジョミーは驚いたように動作を止め、次にじっとブルーを見つめてきた。
 『…いつから…?』
 「さあ?」
 ジョミーの力が緩んでいたのだろう、ブルーは素っ気なく言い放ってから自分の手を掴んでいるジョミーのそれを振りほどいた。顔色は悪くても、弱々しい素振りは一切見せない。しっかりとジョミーを見つめて、安心させるように笑った。
 「僕も休むから、君も早く部屋へ戻って休めばいい」
 『…ここで休んでいけとは言わないんですね』
 「僕も体調がすぐれないからね」
 『では、僕が看病します』
 「何を言い出すのやら…」
 少しばかりの苛立ちをにじませて、ジョミーを見る。ジョミーはジョミーで不機嫌そうな表情でブルーを見つめていた。
 『ドクターからは、何の報告もありませんでしたが』
 「僕が口止めした。君に余計な心配をかけたくなかったからね」
 『原因は…?』
 「寿命だよ。それ以外あるかい?」
 何の気負いもなしに言われ、ジョミーはまた押し黙った。
 ブルーに触れた先から感じられたのは、微弱なサイオンの波動。そして、今にも消えそうに揺らめく生命…。本人自身は気丈に振舞っているが、身体を起こしているのは相当辛いだろう。
 それに…この状況を誰よりも感じているブルー自身が何もない風を装っていることに、ジョミーは眉をひそめた。
 『でも、メギドから戻ってからしばらくの間、体調は悪くなかったはずだ』
 「たまたまだよ」
 どういっても素っ気なく返される。
 『何か隠しているでしょう』
 「何もないよ。とにかく、僕を長生きさせたかったらひとりにしておいてくれ。それから、君はここに来なくていい。忙しいだろうからね」
 あくまでジョミーを追い払おうとするブルーに何か言いかけたが、結局ジョミーは何もいわずに立ち上がった。
 『…あなたに訊いていてもらちが明かない。ドクターを問い詰めてきます』
 はぐらかされるだけ時間の無駄だとばかりにジョミーはきびすを返した。その様子を苦々しく見つめていたブルーだったが、あきらめたようにため息をついた。
 「…本当に寿命なんだよ」
 ぽつりとつぶやかれるのに、ジョミーの足が止まった。
 「僕もなぜ自分の体調が小康状態を保っていたのか、不思議には思っていた。あのメギドへ向かった時点で、僕の身体は限界だったはずだ。多分、君が僕をメギドに迎えに来たとき、サイオンを注ぎ込んで死にかけていた身体を治したそのエネルギーが影響しているのだと思っていた。いや、おそらくそれは正しかったのだろう。けれど…」
 こんなにも長く、その効果が持続するものなのか。ほかの原因があるのではないのだろうか。
 『それで…その原因は分かったんですか』
 だが、それっきりブルーは口を閉ざしてしまった。
 『…分かっているのなら、体調を回復させることもできるでしょう。自分の体調ですよ、なぜやらないんです…?』
 そう言っても、ブルーは黙っていた。ジョミーはほっと息を吐くと、再びノルディのところへ行こうと方向を変えた。
 「…君のすることに手出ししないと言っていたが」
 ふっとブルーがつぶやく。ぴたりとジョミーの足が止まった。
 「それは、手出するべきではないと思ったからだが…手出ししないのでなく、手出しできないのだということに気がついた」
 感情の抜けたような声だ。
 「…僕は、今まで自分の生への執着がこんなにもあさましいものだと実感したことはなかった。死んでも不思議ではないこの身体が活動を続けていられる理由は…ほんの最近になって分かったんだ。けれど、その理由が分かったとき、僕は自分が恐ろしくなった。この体内に残ったわずかなサイオンすら…使うことを躊躇した」
 ジョミーはその告白を黙って聞いていたが、やがて背を向けたままつぶやいた。
 『…あなたの体調が悪化したのは、僕がここに来なくなったせい、ですか』
 ジョミーのそれは、問いかけというよりも確認だった。そして、それは見事に当たっていたらしい。
 「…つまりは、そういうことだ」
 不承不承といった体だったが、ブルーはうなずいた。
 「…自分の生への執着には呆れるよ。僕は無意識のうちに君の生命力を奪っていたらしい。君が来なくなってからようやくそのことに気がつくなんてね。だから…君はもうここに来てはいけない」
 こちらを振り返ったジョミーの顔にふっと笑みが浮かぶ。呆れ返ったような表情だ。
 『あなたも大概学ばない人だ…』
 ジョミーは苦り切ってそう吐き捨ててから、今は何も見えないはずの緑の瞳をこちらに向けた。表情のないジョミーの、これが怒りの表情だと分かるものは少ないだろう。
 『ほんの少し前に、僕はあなたに何といいましたか…? あなたを失うようなことがあれば、僕は正気でいられないと。あなたは僕から生命力を奪ったといったが、それは僕自身があなたに生きていてもらいたいと望んだ結果にほかならない』
 その言葉に、ブルーはむっとした表情になったが、やがてふっとため息をついた。
 「…君を犠牲にしている僕の気持ちも考えてくれ。僕は君の大切な命を削っているようなものなんだ、そんなことをするくらいなら…」
 自分が死んだほうが、よほどマシだ。
 『でも、あなたは死にたいとは思っていない。その胸に地球への思いがある限り』
 ジョミーの言葉にブルーは何かいいかけたが、結局何もいわなかった。ジョミーは表情を緩めると、ブルーの前に戻って彼の人の顔を覗き込んで続けた。
 『僕も同じだ。あなたに生きて、ともに地球へ行ってほしいと思っている。それなら何も問題は…』
 「ノルディの話によれば」
 ジョミーを遮るように、ブルーは口を挟んだ。
 「僕の身体を生かすためのエネルギーはかなり大きいらしい。それだけ僕の身体はガタが来ているからね。だから、僕を一日生かそうとするだけで、常人の2、3倍のエネルギーが必要だそうだ。これが先になれば先になるほど大きくなる。だから、いずれ君は僕を一日生かすために五日分の寿命を削ることになる」
 淡々と告げてから、ブルーはふっとジョミーから視線を外した。
 「…そんなことをしてもらうわけにはいかない。君の重荷になるなんて…」
 『その計算でいけば、あと50年くらいは大丈夫ですね』
 それなのに。ジョミーはこともなげに言い切ってしまう。
 『僕の寿命があと300年あるとすればという仮定ですが。僕は地球への戦いに50年もかける気はありません』
 ブルーは苛立たしげに首を振った。
 「地球へ行くための時間のことだけじゃない…! その後の君の人生が…」
 『あなたを失ってなお、僕に生きろというんですか?』
 ジョミーの思念波に、怒りの色が混じる。対するブルーも負けてはいなかった。
 「当たり前だ! 君は僕のために生まれたわけじゃないだろう!」
 『あなたのため、ですよ』
 ジョミーの迷いもない一言に、ブルーは押し黙った。
 『僕にはあなたとともに生きる時間さえあればいい。それ以外は、いらない』
 
 
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        | 戦いと戦いの間にこんな話を挟んでみたり♪ ちょっとラブラブっぽい話を書きたいなあなんて…。でもこの話、そういうのじゃないんですけどね。(笑)で、次からは育英惑星攻略に戻りますvv |   |