「な…何を…言っているんだ」
庇護者を求め高まる声に、ハーレイは戸惑い気味につぶやく。
「今は…っ、戦いに集中しろ!」
慌てて怒鳴ったが、完全に士気は下がってしまっている。
「な、何をしておるのじゃ…!」
「繰言を並べてる場合じゃないんだよ!」
次第に意気消沈していくシャングリラに引きずられるように、先行する船も同じように戦意をなくしていく。ゼルやブラウが発破をかけるように叫ぶが、そんなことではいったんそがれた闘志は戻らない。
助けてください、ソルジャー・ブルー。
なぜ応えてくれないのですか…!
どうか私たちを守って…。
そのときだった。
底冷えがするほどの気配がシャングリラを覆った。まるで氷に触れたかのようにぞくりとする雰囲気。気温は変わらないのに、皮膚が泡立つような感覚、それと。
『…この場でソルジャー・ブルーの名を口にすることは許さない』
…地の底を這うような思念波。それがソルジャー・シンのものだと分かった途端、ミュウ全体に緊張感が走った。それは紛れもない、怒りのオーラだったからだ。
『ナスカで払った犠牲を何だと思っている…? ナスカを失い、仲間たちを失ったとき、我々は地球へ行くため、自分たちの存在と尊厳をかけて戦うと誓ったのではないのか。今のようなざまを見て、キムやハロルドたちがなんと言うか考えてみろ』
ジョミーの思念波は、淡々としていた。だが、それゆえになおさら心の底にある怒気が伝わってきて、あれだけざわめいていた思念波はぴたりとやんでしまったくらいだった。
――ナスカで払った犠牲。
忘れもしない、惑星すら破壊する悪魔の兵器、メギドによって墜ちた星。そして、地球へ行ってくれと言い残し、そのナスカと運命をともにした仲間たち。彼らのためにも、また自分たちのためにも力の限り戦うと誓ったあのときの思いは、すでに過去のものとなってしまったのか…。
「ソルジャー・シン、体勢の建て直しのためにここはいったん引いては…」
背後からシロエの声が聞こえたが、ジョミーは一顧だにしない。
「ソルジャー…」
『トォニィたちが孤立する』
しかし、そうしている間も目の前で繰り返される爆撃。沈黙したままのミュウの船。
「でも、このままでは…っ」
「うわぁ!」
「きゃっ!」
人類側の容赦のない攻撃に、シャングリラに衝撃が走る。直撃ではないのが幸いだが、今のシャングリラはただの的と化している。自滅するのも時間の問題かと思われた。攻撃がダメなら、防御も同じ。なぜなら、力の源は同じサイオン、ミュウの心理状態がもっとも影響を及ぼす部分だから。
しかし、ジョミーはまったく意に介した様子はなかった。
『予定に変更はない。このままソレイド軍事基地への侵攻を続ける』
「ですが…」
「巡洋艦クラスの戦艦、攻撃圏内に入ります!」
ルリの緊迫した声がブリッジ内に響いた。クルーに緊張が走る。サイオンバリアもサイオンビームも使えぬ中、重量級の戦艦から砲撃を受ければこのシャングリラはどうなるか、考えるまでもない。しかも、今のシャングリラは退避行動というものがほとんどできないのだ。
「防御セクション、来るぞ…!」
ハーレイの叫びに誰もが相手からの攻撃を覚悟したとき。
ジョミーの身体が燐光を放った。同時に、シャングリラや他の3隻の船を中心に、巨大なサイオンバリアがふわりと張り巡らされる。人類側の戦艦からの砲撃も、サイオンバリアに阻まれ、遮られてしまった。
「…すごい…」
ソルジャー・シンの恐るべきパワー。大なり小なりのサイオンを持つミュウの中にあっても、その力は桁外れで、異質なものだ。
そのサイオンバリアがいったん収縮したかと思った瞬間、それは勢いよく外側に膨張した。その進路にあった戦闘機は大きく大破し、戦艦は弾き飛ばされた。その強大な力に…ミュウは言葉を失った。おそらく、人類側も同様だろう。
『…僕ひとりではこの程度だ』
しかし。それにおごる気配もなく、ジョミーはつぶやいた。その言葉が持つ自嘲的な響き。それには、首をかしげざるを得ない。この程度どころか、これだけのことができれば上等ではないか。ジョミーの使うサイオンは、攻撃を主体とした力で、今のようにバリアを利用して相手を攻撃することも可能なものなのだ。
だが、ジョミーは何の感慨もなく続けた。
『僕たちの最終目的は、人類と戦い勝つことではない。ましてや、一隻でも多くの戦艦を沈めることでもない。地球へ行き、SD体制を崩壊させることだ。迫害されてきたミュウの存在を認めさせ、テラズ・ナンバーやその上位にある組織を破壊させることにある。勝つことは手段の一つにすぎない』
今は人類側の進攻は止まっている。今見せ付けられた、タイプ・ブルーの力を警戒して様子を見ているらしい。
『ナスカで散ったキムやハロルドたちのためにも、僕たちのためにも、君たちひとりひとりが真の敵を理解し、打ち勝とうとすることが必要だ。力だけで地球へ行きつけるほど、人類側のシステムは甘くない』
それだけ言うと、ジョミーはシロエを振り返った。
『シロエ、ここは任せる』
「ソルジャー!?」
ブリッジからジョミーの姿が消えた。同時に、こちらの様子を伺っていたらしい並みいる戦艦が大破する様子が、宇宙空間を横一線に延びてゆく光で分かった。その様子をスクリーン越しに見つめていたブリッジクルーらだったが…。
「な…何をしている…!」
シロエがいち早く反応した。
「ソルジャー・シンの援護に回れ! いくらなんでもソルジャーひとりであの数を相手にするのは無理だ!」
いや。もしかすると、このくらい無茶でも何でもないのかもしれない。ソルジャー・シンの力は、ナスカで生まれた子どもたちと同等か、それ以上だろうと推測されるものの、ここ最近、ソルジャー自身がパワー全開で戦うなどと言う場面はなかったのだから。
ましてや、すべての情を断ち切ったかのようなソルジャー・シンは、その心理状態によって力を左右されるということがまったくと言っていいほど、ない。
けれど、だからと言って指導者だけを戦わせるわけにはいかない。ジョミーが言ったとおり、皆が一団となって勝利することが重要なのだ。ハーレイもはっと我に返ってクルーらに向かって叫んだ。
「攻撃セクション、サイオンビームの準備…! 機関室、復旧状況を報告!」
まわりじゅうがあたふたと慌て始めた。
そうだ、僕たちも戦わなければ…!
死んだ仲間のためにも!
私たちのためにも…!
「メインエンジン、推進力60パーセントまで回復しました!」
「よし、ソレイド軍事基地へ向かって発進しろ」
「サイオンビーム、充填完了!」
「サイオンバリア、展開します…!」
「防御セクションはそのままバリアを維持、攻撃セクション、合図があるまで待機!」
「敵戦闘機、多数飛来!」
「サイオンビーム、発射…!」
動き出したシャングリラに、再び激しい攻撃が襲う。しかし、トォニィたちによって攻撃不能に陥った防衛衛星や、ソルジャー・シンによって完膚なきまでに叩きつぶされた機能不全となった多数の戦艦たち。そして何よりも、一致団結したミュウの結束により…ソレイド軍事基地はほどなく陥落することとなり、ミュウは人類側の辺境の砦を手中に収めることができたのだった。
「ソルジャー・シン、少し休んでください」
あれだけの戦闘をこなしたのですから、とシロエから言われるのに、ジョミーは立ち止まった。
ソレイド軍事基地を占拠したのち、ハーレイやシロエとともにこの基地が持つ地球の情報を調べていたジョミーだったが、それも一段落したあと、最低限の人数を残し休養を取るように言い渡してその場を解散させた。だが、ジョミー本人は休息を取る様子はなかった。
「だって、そっちはあなたの部屋のある方向ではありませんよ?」
けれど、ジョミーはシロエを無視して再び歩き出す。
「あなたは疲れているはずです。それに、ソルジャー・ブルーは一切手出ししてこなかったじゃないですか…!」
ジョミーの向う方向は、青の間のある場所だ。だが、シロエの台詞はジョミーの背中に当たっただけ。
『…だから、だ』
そんな返事が返るのに、シロエは不思議そうな顔をしてジョミーの赤いマントが翻るのを見ているしかなかった。
…何の手出しもしてこなかった…。
ブルーを求める声が聞こえたとき、ジョミーは真っ先に青の間にシールドを張った。ミュウの声を遮断するためではない、それは最も自分の不得意分野なのだから、そんな無駄なことはしない。単に、ブルーがその声に応じて出てこないようにしただけだ。なのに…。
あの人は、何もしなかった。シールドを破るどころか、身じろぎさえしなかったように感じた。あのときは眠っていたわけじゃなかったはずなのに…。
ジョミーは、彼の人らしくない反応が気になった。
14(ソレイド軍事基地5)へ
というわけでソレイド、あっさり陥落〜。ソレイド軍事基地編はあと一篇ののち、再び育英惑星攻めに戻ります♪
今回、ブルーまでフォローできませんでした! ジョミーとの語らいは次回にvv |
|