補佐をシロエに任命したことは、間違いではなかった。E-1077にいたときの経験か、情報の収集や分析力に優れており、第六感を頼りにしがちな他のミュウとは一線を画してるため、客観的な軍事力のデータとするためには非常に役に立った。
今もソレイド軍事基地の概要や、軍事データについてジョミーと廊下の隅で話をしている。シロエにはなぜか誰もが捕まえることのできないジョミーの気配を掴むことができた。
「…報告事項は以上です。」
『分かった。次の会議では、戦闘配置の提案と併せて討議する』
…しかし討議も、何もソルジャー・シンの決定には、誰も反対できない。それだけ言って立ち去ろうとしたジョミーを、シロエは呼び止めた。
「それからソルジャー・シン、少し話したいことがあるんですが…。」
『何だ?』
シロエはまわりを伺うような素振りを見せて、ちょっとこっちへ、とジョミーを引っ張った。
「…この船には、指導者が二人いるんですか?」
そのシロエの言葉に、ジョミーはしばらく反応しなかった。
「…気を悪くしましたか? でもこれは、ここ半月ばかりブリッジや居住区にいた感想です。」
シロエは、トロイナスのミュウ収容施設から救出されたあとずっと医療部の病室にいたのだが、一週間に一度医師の診断を受けるという約束で一般居住区に住むこととなり、ブリッジ要員となったのだ。ソルジャー・シン自身の指名とあって、シロエは今も注目を集めている。
「平常時なら何の問題もないと思いますが、大規模な戦闘を控えた前となれば、話は違います。指揮系統に混乱をきたし、ひいては勝敗さえ左右することになります」
ジョミーは相変わらず黙っていた。その様子に不安を覚えたのか、シロエは少しうつむく。声のトーンが落ちた。
「…出過ぎたということは、分かっています。でも、僕はあなたを否定する声があること自体、不思議だと思っていました。あなたの指導力は高いと思いますし、サイオンも他を圧倒している。それなのにと思って…。」
それは本心だ。これだけの人数、しかも虚弱で心を弱いミュウを導き、勝ち戦を続けるなど、並大抵のことではできまい。
「無論…先代のソルジャーが人望厚い人物であったとこも承知しています。僕は実際ソルジャー・ブルーに会っていますし…あのときはそんな意識もありませんでしたが、それでも人に安心感を与えることのできる、素晴らしい指導者だったのだろうと思います。でも、今のミュウの指導者はあなただ。地球への道を示しているのは、ソルジャー・ブルーではなく、ソルジャー・シンだ。」
シロエの言葉に…。ジョミーはしばらく黙っていたが、やがてふっと息を吐いた。
『君の心配はありがたいが、こればかりは焦っても仕方ない。』
「…そうですね…。」
それでも、ジョミーの返事があったことに、シロエはほっとして表情を緩めた。だが、実際今シロエが提起した問題は、深刻かつ切迫している。
戦いの最中であれば、ソルジャー・シンの存在はナスカで生まれた子どもたちと同様重宝されている。だが、四六時中戦っているわけではない。また、ソルジャー・シンの物事に臨む姿勢は非常に厳しくて、特にアルテメシアの雲海に潜んでいた世代にとっては、その緊張感に耐えられないのだろう。
だが、今はソレイド軍事基地攻めを目の前にして、士気を高め戦いに備えるべきときだ。ストレスに耐えられないからといって、先代の指導者にすがっていては、シロエの言うとおり勝敗さえ左右するだろう。
「根本的な解決になるとも思いませんが…最近、あなたはソルジャー・ブルーの元に報告に行っていないとか。」
『…そうだな。』
ジョミーはワンテンポ遅れて同意した。
「あなたに反発する人たちの言い分の中に、先代に対して礼をとっていないというものがありました。その…長い目で見れば逆効果かもしれませんし、あなたが忙しいのも承知しているところですが、ソルジャー・ブルーのところへ行ってみるのも…とりあえず反対派を抑えるために有効かと思いますが。」
大事の前の小事です、と続けられるのにジョミーは黙っていたが、もう一度そうだなと諦めたように息を吐いた。
『…分かった。』
それだけ言うと、ジョミーはシロエと分かれて歩いていった。
それを見送ったシロエもブリッジに戻ろうと足を踏み出して。その先に赤毛の青年がいるのに気がついて、足を止めた。
「…トォニィ…。」
その声に、トォニィは拗ねたようにふんとそっぽを向いた。シロエのような新参者であっても、トォニィのソルジャー・シンびいきはよく知っていた。だから、てっきり余計なことをするなと怒鳴りつけられるかと思っていたのだが。
「…別にいいさ。僕も気になってたんだから。」
目をそらしながら気まずそうに言われるのに、シロエは目を見開いた。
「…ジョミーが…かわいそうだからさ…」
久しぶりの青の間。何の予告もなく入室すると、ブルーのベッドのまわりに数人の人影が見えた。だが、ソルジャー・シンの姿を認めると、何かまずいものを飲み込んだような顔をしてそそくさと青の間を出て行く。
「で、では、ソルジャー・ブルー、我々はこれで…。」
そういって消えていった彼らに、ブルーは苦笑いした。
「まったく困ったものだ、僕はもうソルジャーではないというのに。」
そうつぶやいてから、ジョミーを見やる。
「どうしたんだい、そんなところに突っ立って?」
随分と久しぶりだとか、長いこと顔を見せなかったとか。そんな言葉もない。ついさっき分かれて、また顔を合わせたかのような穏やかな雰囲気に、ジョミーはしばし動作をとめてブルーを見つめた。
ブルーはその様子にまた苦笑いし、ジョミーを手招きした。
「…君の考えているとおりだ。」
歩み寄ってきたジョミーは、低くつぶやくブルーの言葉に目を眇めた。
「僕はこんなに彼らを甘やかしていたかと驚いたよ。そのために随分と君に迷惑をかけているようだ。」
すまない、と軽く謝罪されるのに、ジョミーはふっと視線をそらした。
『…いえ。僕の力不足です。』
ぼそりとつぶやかれるのに、ブルーは首を振った。
「そんなことはないよ、君はよくやっている。」
ただ…とブルーは思案気にジョミーを見る。
「彼らにとっては戦うということが、自分自身に降りかかることだとは今も理解できないようだ。やはり僕が甘やかしてしまったせいなんだろうね。僕がもう一度ソルジャーとなれば、彼らの負担はなくなるものだと勘違いしている。今僕にそんな力はないし、僕がソルジャーでいたころを思い返してみても、地球到達を夢見ているだけの日々だったじゃないかと諭してはみたのだが。」
どうも、まだ分かってくれていないような気がするね、と困ったように笑う。
『…そうですか…』
「でも、僕としてはどんな理由であろうと、君がここに顔を出してくれたことが嬉しいよ。忘れられていても文句は言えないけれどね。」
今度は笑いながらちくりと嫌味を言うブルーに、ジョミーもつられて破顔した。こんな風に笑うのは、何ヶ月ぶりだろうか。そう思いつつも、ジョミーは次の瞬間には表情を引き締めた。
『あと2、3日後にはソレイド軍事基地へのワープを敢行します。辺境惑星の軍事拠点となる場所だけに、厳しい戦闘が予想されます。』
ブルーはただ「そうか」とうなずいただけだったが、ふっと顔を上げた。
「…僕には予知能力はもうないものだと思っているが…嫌な予感がする。気をつけたまえ。」
真剣に言うブルーにジョミーは言葉を止めたが、次の瞬間には神妙に頭を下げた。
『心しておきます。』
「それから、僕は戦闘には加わらない。だから、君は安心して指揮を取ってくれればいい。」
だが、ジョミーはその言葉に人の悪そうな笑みを浮かべた。
『それは、話半分に聞いておきます。』
「…そう人を疑ってかかることはないじゃないか。」
『すみません、今までの経験則による判断です。』
「…元凶は僕自身か…」
言いながら苦笑いしたブルーだったが、ふっと真顔になった。
「でも…本当に手を出すつもりはないんだよ。彼らを誤解させてしまう可能性もあるからね。ソルジャーはジョミー・マーキス・シンだとしっかりと認識してもらわなければいけない。」
『では、彼らに分からないように手を出すことも禁じます。』
「…信用がないんだね、僕は。」
ブルーは苦りきってそうつぶやいたが、再び表情を固くしてソルジャー・シンを見上げた。
「…ジョミー。」
『何ですか?』
その呼びかけに、彼はいまだに笑みを浮かべていたのだが。
「僕は、君の重荷になっていないだろうか。」
…ジョミーから表情が抜け落ち、沈黙が落ちる。ブルーはそれに気づかぬふりをして、言葉を継いだ。
「君のくれた命だが…たまに僕が生きていることは間違いだったのではないだろうかと思えるときがある。本来なら、僕はあのメギドで終わるはずだったのではないかと…。」
そう口に出した途端、ジョミーの気配が一転した。彼の身体が燐光を放ち、その右手がブルーの細い首にかかった。身体からにじみ出るサイオンから感じられるのは、紛れもない怒りのオーラ。
『…それ以上言えば、いかに相手があなたであっても容赦しません…!』
これ以上、自分の否定するような言葉を口にすれば、あなたの声を奪う。
ソルジャー・シンが青の間の結界の中でサイオンを使うという事態は今までになかった。だが次のブルーの答え如何では、実力行使も辞さないという雰囲気がありありと伝わってくる。もし、誰かがこの光景を見ていたとしても、止めに入ることはできなかっただろう。そのくらい、淡い青の光は触れるものを引き裂いてしまいそうな空気をはらんでいた。いつもは感情を映さない瞳ですら、冷たい青の光を反射して酷薄な印象を受ける。
…どのくらいそうしていただろうか。それまで微動だにしなかったブルーの口が動いた。
「…手を離してくれ。窒息しそうだ。」
声がかすれている。わずかに力が入っていたらしい。
ジョミーは瞬きをひとつしてからブルーの首にかけた手を外した。同時に、青白いサイオンの光も消える。
「…やれやれ。君はすっかり落ち着いたと思っていたが、そんな風に熱くなるところは昔から変わらない。」
咳込むことはなかったが、のどを押さえ、深呼吸するように息を吐いてから恨めしそうにジョミーを見上げた。
『誰のせいだと思っているんですか…!』
対するジョミーは、今も怒りの表情を浮かべたままだ。サイオンの光は消えても、怒気は相変わらずだ。
「そう…だね、僕のせいだ。つまらないことを言って、すまない。」
そういって謝罪すれば、ジョミーの気配が和らいだ。彼も悪かったと思ったのだろう、今度は気遣うようにこちらを見やる。
『とにかく…変なことは考えないでください。気が弱くなるのは、年寄りの証拠です。』
「すまないね、年寄りで!」
だが、その言い方にはむっとした。自分で言う分にはいいが、他人に言われると腹が立つものである。その様子に溜飲を下げたのか、ジョミーは薄く笑うと「あ」とブルーの首筋に目を落とした。
『跡になってる…。』
「構わないよ、ソルジャー・シンに絞め殺されそうになったと正直に言っておくから!」
年寄り扱いされたのがよほど気に入らなかったのか、ブルーはベッドに横になろうとした。ふて寝しようとしたらしい。
『では、証拠隠滅でも図りましょう。』
「証拠隠滅…?」
ブルーは動作を止めて怪訝な様子でおうむ返しにつぶやいたが、ぐっと肩を抱かれて硬直した。そして、ジョミーが自分の首筋に唇を落とす様子を、呆然と見守っているよりほかがなく…。
『これで、首筋の跡はキスマークになりますね。』
やがて金の髪が離れ、微笑んだジョミーの表情に、ブルーは何も言えなくなっていた。
本気でこの子が年下だということを忘れそうだ…。
年寄りのプライドか、そんなことは口にさえ出せなかった。
12(ソレイド軍事基地3)へ
あれー? 昨日は歓送迎会で酔っ払って帰ってから更新したんで、無茶苦茶な展開に…!! ソレイド基地攻め前の潤いとでも思ってくださいませ〜! |
|