|      もともと堅物といわれるほど生真面目なハーレイのこと、ふざけているはずはない。「え…?ソルジャー、どちらへ…?」
 急にものも言わず立ち上がったブルーを、ハーレイが怪訝に思う様子がありありと分かった。
 「報告は後で聞く。フィシスのところへ行って来る。」
 はあ、とハーレイが気抜けした返事を返したときには、ブルーの姿は青の間から消えてしまった後だった。
 「まあ、ソルジャー。どうかなさいまして?」突然の来訪に、天体の間でタロットを繰っていたフィシスは優雅に微笑みながらブルーを迎えた。
 「フィシス、正直に答えてくれ。君はジョミー・マーキス・シンという名に覚えはないか?」
 「…ジョミー…?」
 口の中でつぶやいて、不思議そうに首をかしげた。
 「さあ…。何となく覚えがあるような気もしますが…。分かりません。」
 その答えに戸惑った。ジョミーは例の特殊能力を使い、痕跡を消してしまったのか…?フィシスとハーレイ、少なからずジョミーと関わったはずのものが、こんな短期間にあんな印象的なドロボウのことを忘れるはずはない。
 それとも…、僕自身が夢を見ていたのだろうか…?
 「…分かった。すまない、邪魔をしてしまった。」
 「…いいえ。それはよいのですが…。」
 フィシスは心配そうな顔をしていたが、それには構わず部屋を出た。
 次に向かった場所は、公園緑地帯。ミュウの子供たちがいつも遊んでいる場所だ。彼らならジョミーと遊ぶのを楽しみにしていたし、覚えているかもしれない。そう思っていたのだが、そんな期待はあっさりと裏切られた。
 誰一人として覚えているものはいなかったのだ。
 コンピュータールームの記録にもジョミーが出入りしていた形跡はない。しかも、記憶バンクにあった50年前の記録さえ…なくなっていた。
 青の間に戻ったときには、さすがに疲労感は隠せなかった。
 ここまで完璧に存在したという事実がない以上、ジョミーは夢の中の住人だったのではないのだろうか、と疑わしくなってくる。
 それとも、今が夢なのか…? 目覚めると、ジョミーが笑って目の前にたたずんでいるのだろうか…?
 そうぼんやりと考えていたとき。
 目の端に何かが映った。
 …カード…?
 ジョミーが、一番はじめに怪盗予告をしたグリーティングカードだった。
 「…夢じゃ…、ない。」
 その事実にほっとした。ジョミーは実在している。だが、何かの事情でここに出入りした痕跡を消してしまったのだろう。
 まさか、賭けを途中で降りる気なのか?
 …いや。それはないだろう。
 別れ際にジョミーから言われた言葉を思い出して首を振った。
 『…僕ヲ、探シテ。』
 「では、探してあげよう。」
 …ジョミー、君を…。
 金の髪のドロボウを思い浮かべながら、ブルーは顔を上げた。その表情は、さっきまで悄然としていたものと同一人物と思えぬような好戦的な表情。静かな微笑みの中に覗く、勝気な赤の瞳。
 …僕は、諦めが悪いんだよ。今度こそ君を捕まえるから。
 『ハーレイ。』
 ブリッジにいたキャプテン・ハーレイは、思念波で呼びかけられて、今参ります、と返事をしてきた。彼の到着を待つ間、ブルーはグリーティングカードを手に取って苦笑いする。
 …これがなければ、僕は君のことを夢か幻かと思うところだったな。でも、これが動かぬ証拠。君はこういうことを想定した上で、こんな前時代的なものを送ってきたのかな?
 くす、と笑いが漏れる。
 それなら、僕はうぬぼれてもいいのだろうか。まだ、君に見限られたわけではないと。
 「失礼します、ソルジャー。では先ほどの続きを…。」
 「それは君の判断でやってくれ。」
 「は…?」
 ハーレイは目を見開いてこちらを見た。
 「君にしばらく僕の留守を頼みたい。」
 「…成人検査に生身で介入されるおつもりですか?」
 「いや、そうじゃない。」
 では、何でしょう? と問われるのに苦く笑ってから。
 「僕はしばらくこの船を離れる。」
 「な、何ですって!?」
 成人検査のほうは、君に任せるよ、と。そうこともなげに告げる長に、今度こそハーレイは驚いて声を上げたっきり固まってしまっていた。
 「な、なぜ突然…。」
 「さすがに、片手間に探して見つかるほど、相手は間抜けじゃないものでね。」
 「相手…? 相手とは誰です…!?」
 …ジョミーを覚えていないハーレイに説明しても無駄だろうが。
 「この手紙の主だよ。」
 そう言って、グリーティングカードを見せた。
 だが、予想どおりハーレイは、初めて見るような顔をした。いつの間にか自分の席に置かれていた手紙のことなど、まったく覚えていないらしい。
 それもそうだろう。ここまで完璧に自分のいた痕跡を消すことができる能力を持つジョミーのこと、手抜かりはあるまい。
 「し、しかし、万一アルテメシア空軍にこのシャングリラが見つかりでもしたら…。」
 「そのために君がいるんだろう。君が指揮を取り、最善を尽くせ。」
 全面的に任せる、と言外に告げてから、ブルーは立ち上がった。
 「ですが、あなたの体調は決して万全とは…。」
 「ハーレイ。」
 ハーレイの言いかけた台詞は、ブルーの有無を言わさぬ呼びかけに、途切れてしまう。
 「言っただろう、片手間に捕まえられる相手じゃない。生半な覚悟では、痛い目を見るだけだ。」
 下手をすれば、完全に煙に巻かれてそれで終わり。会いたい、触れたいという思いさえ、完全に消してしまうことのできる、恐るべき能力の持ち主。
 「だから…! その相手とは誰なんですか!!」
 「僕の愛しい太陽だよ。」
 にっこり笑って言うと、ハーレイは気の抜けたような顔をした。
 「かくれんぼが得意で、心を隠すのが上手くて、寂しい気持ちさえ気づかせない。だけど、純粋で優しくて子どもが大好きで。」
 ハーレイは、困ったような表情を浮かべている。それはそうだろう、今ハーレイはジョミーのことを知らない。
 「すまないが、君から皆に伝えておいてくれたまえ。僕が不在ということは隠しておいたほうがいいと思えば、君の判断で口をつぐんでおいてくれて構わない。」
 言いながら、部屋を出ようとしたのだが、
 「い、今からですか…!?」
 「そうだが?」
 「あまりにも急すぎ…いえ、一人でお決めになるなど…! あなたはミュウの指導者なのですぞ!?」
 「僕がその立場にしがみついてここにいる限り、それがために傷つけた魂は癒せない。もっと傷を深くするだけだ。僕は彼の悲しい顔をもう見たくない。」
 「ソルジャー…。」
 「勝手を言って…すまない。でも、今度こそ彼をこの腕に捕まえたいんだ。」
 もう二度と離さないと、そう囁いて抱きしめたい。
 「あなたがそこまでおっしゃるなら、もう止めはいたしませんが…。でも、どちらへ…?」
 何も覚えていないハーレイにとっては、僕のいうことは訳が分からないのだろう。それでも心配はしてくれているらしい。
 「さて。実は僕自身どこへ行けばいいか分からないんだが、まったく手がかりがないわけじゃない。」
 だから心配いらないと。
 そういい置いて、シャングリラを後にした。
 
 
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        | ドロボウ、久しぶりの更新です〜。本当に捕まるといいですな、ジョミー♪ |   |