|    「ようこそ、ソルジャー。」盲の美女、フィシス。この船の占い師にして、指導者の相談役。
 彼女は目を伏せたまま、来訪者に対して微笑みながら優雅な仕草で立ち上がる。
 「お邪魔していいかな?」
 「ええ、もちろんですわ。
 アルフレート。」
 「…は。」
 フィシスに呼ばれたアルフレートは竪琴を抱えて立ち上がる。その彼は、ソルジャー・ブルーの入室に何か言いたげだったが、結局何も言わず部屋を出るべく歩き出した。
 この船の主でもあり、指導者でもあるブルーには、気がかりなことがあるのか、そんな様子など眼中にもないらしい。アルフレートとは、すれ違うときにさえ目を合わせることがなかった。
 天体の間。そこは主に占い師であるフィシスが、未来を視るためにタロットカードを操る場所。盲いた目でミュウのあるべき道を教示する彼女は、ブルーに対し手振りだけで自分の前に座るよう示した。
 「君の力を借りたい。」
 「まあ、改まって何でしょうか?」
 ブルーが単刀直入に言えば、フィシスは小首を傾げた。
 「視てほしいものがある。
 僕にも彼が何者なのか見当がつかないんだ。君になら分かるかもしれないと思ってね。」
 「あなたが分からないものを、私が視て分かるでしょうか…?」
 「君で分からなければ、僕はお手上げだよ。」
 「嬉しいこと。でもそれが、買いかぶりでなければよいのですが。」
 そう言いながら、フィシスはタロットカードを手にする。
 「一体何がありましたの?」
 フィシスはカードを切りながら問いかける。目が見えないとは思えない、危なげない手つきだ。
 「先日泥棒が押し入ってね。」
 こんな穏やかな雰囲気とは場違いなブルーの台詞に、フィシスは微笑みながら応じる。彼女もまったく動じている様子はない。
 「何か盗まれましたか?」
 「いや何も。どうやら僕を盗もうと思っていたようだけどね。」
 さらにびっくりするような内容に関わらず、占い師はくすっと笑った。
 「…それはまた、変わった泥棒さんですこと。」
 「まったくだね。」
 ブルーも同意する。
 しかし、サイレント映画でこの二人の様子を見たのなら、会話の内容がこんな物騒なものであるとはまったく思いも寄らないだろう。
 「通称は『Bandit of Jade』、その名のとおり綺麗な翡翠色の目をした少年。名前はジョミーというらしい。その名にぴったりな、かわいい顔をしている。
 泥棒だと自分から言わなければそうとは思えないほどだよ。」
 ブルーの楽しそうな様子に、フィシスが深い微笑みを浮かべる。
 「随分と嬉しそうですのね。」
 「…そうかな?」
 「ええ、とても。」
 微笑を浮かべたまま、フィシスはタロットカードを繰り、慣れた手つきでカードを展開していく。
 このあたりは彼女の独壇場だ。どのカードがどんな意味を持つのか、またどの位置が何を意味するのかは、彼女でないと分からない。
 「これは…。」
 三角に展開されたカードを見て、フィシスが絶句する。
 ブルーの目から見れば、何がどう繋がって行くのかがよく分からない。しかし、左右で正逆のカードがくっきり分かれているということが気になった。
 「その泥棒さん、あなたはどうされるおつもりです?」
 「どうする、とは?」
 「遊び半分に触れると火傷では済みません。」
 そう言って、フィシスは三角の頂点にに位置するカードを手に持った。丸い車輪が真ん中にあしらってあるカードだ。
 「『運命の輪』のカードです。あなたと、その泥棒さんの運命が回り始める予兆だと思われます。同時に転機を意味します。
 カードの展開は、見てのとおり正反対の二つの未来に別れ、どちらに転ぶかはまだ分かりません。ただ…。」
 フィシスは顔を上げると、まっすぐにブルーに向き合った。
 「道を間違うと、累はあなただけでなく、ミュウ全体に及びます。」
 「つまり、道を間違いさえしなければ、我々に正しい未来をもたらしてくれる、というわけかな。」
 不敵なブルーの物言いに、フィシスは呆れたように吐息をついた。
 「…大した自信家ですこと。
 それからもうひとつ。その泥棒さん、優秀ですのね。」
 「そうだね、彼が予告を出したもので盗めなかったものはないそうだよ。」
 ふふ、と占い師は謎めいた微笑を浮かべた。
 「『輝くものは星さえも、尊きものは命すら』盗む、彼の本当の力をあなたはご存じないのですわ。」
 「本当の力…?」
 フィシスの言い方は、時として抽象的で、よく分からないときがある。
 「彼の泥棒としての才能は、目に見えるものを盗むことだけではありません。人の記憶、感情、そういったものも盗むことができます。
 盗まれた記憶や感情は、その人にはまったく残りません。思い出すことも不可能になります。思い出そうにも、その泥棒さんに盗まれてしまっているのですから。」
 その言葉が何かと重なる。
 では、僕が彼を思い出せないのはもしかして、すでに彼に記憶を…。
 「それで、どうなさるのです、ソルジャー?
 生半可な気持ちで彼と関わると、とんでもない結果になりかねません。」
 物思いにふけっていると、目の前の占い師が再度忠告してきた。いや、言葉の雰囲気からは警告といったほうがいいのかもしれない。
 「心配しなくても大丈夫。僕は真剣だから。」
 そうですか、とフィシスはうなずいた。
 「では、私はあなたとミュウに幸運が訪れることを祈るとしましょう。」
 「ありがとう、フィシス。」
 ジョミー、君には出し抜かれてばかりだけど、手がかりが見つかったよ。まずは君の驚く顔を見てみたい。
 
 …この指導者にしてこの相談役あり。
 どの辺が真剣で、だからなぜ大丈夫なのかとか。祈るだけじゃなくて、危ない賭けをしているのなら止めてやってくれとか。
 ハーレイでもいれば、適切な突込みを入れてくれたであろうが、今この場には二人を止めてくれる人は誰もいなかった。
 
 
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        | うちのフィシス様は男前ですわよ。トォニィを引っぱたくどころか必要ならブルーさえ張り倒すくらいのダイナミックな相談役です!だって権力者の占い師ってそんな役割でしょ?(今回表現できてるかは不明…。) |   |