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      どんな話を聞いているんだろう…。ジョミーはあれからずっと戻ってこない。結婚式のときの話を聞くと言っていたが、結婚式の時間そのままになるわけでもあるまいし。いや。
 …ここには戻りづらいのかもしれない。
 つい、そんなことを考えてしまう。
 明かりひとつない部屋だが、暖炉には火があかあかとともっている。それをソファに座ってどのくらい見つめているのだろう。
 今のジョミーにとっては、僕は見ず知らずの他人だ。そんな人間と一緒にいたって、心が安らぐわけもない。それでも…。
 それでも、ジョミーが帰ってきてくれてよかった。もう戻ってきてくれないのでは、もう二度と彼に会えないのではと不安だったのだから…。おそらくこの館内にはいるだろうジョミーを待つことができるのだから。
 室内は、暖炉の火に照らされ、あたたかい。そのせいか、眠くて眠くてたまらない。このくらいの時間で眠くなるなんて…と思ったあと、そういえばジョミーが失踪して以来、あまり眠れなかったなと思い出す。
 ベッドに入るのも億劫だから、このまま…。
 ソファに横たわり、まぶたを落とす。日ごろの疲れもあいまってか、それっきり意識は…途絶えた。
  何かの物音がして、ふと目を覚ます。薄く目を開けると、暖炉の火は小さくなっているのが分かった。そのためか、室内の気温が下がったらしく、肌寒さを感じる。『…起こしましたか』
 ふと視線をずらすと、ジョミーがこちらを見下ろして微笑みかけているのが分かった。でも…ジョミーの声が遠くから聞こえるような気がする。
 『そのまま眠っていてください。ただ、こんなところで寝ていると、風邪をひきますから』
 続いて、ふわりとした浮遊感。けれど、それもあまり実感がわかない。
 …ああ、そうか。まだ身体が眠っているから、か…。
 身体が鉛のように重い。腕も上がらない。
 …すまない。
 口に出せたかどうか分からなかったが、ジョミーには通じたようだった。
 『いえ。あなたが自分のことに無頓着なのはよく聞いてますから、もしかしてとは思っていたんです』
 言いながらそっと身体をベッドに横たえてくれる。
 …君は…記憶をなくしていても、優しいな。でも。
 『よく聞いていますから』
 …思い出したわけじゃ…ないんだな…。
 『…もう寝ましょうか』
 それには答えず、ジョミーも一緒にベッドに滑り込んだ。
 …そういえば、初めて会った夜も、こんな風に一緒に眠った。記憶をなくしていても、他人と一緒に眠ることには抵抗はないのか、とふと思った。
 『他人じゃないでしょう、あなたは』
 そんな笑みを含んだ思念波が聞こえたっきり…ジョミーは目を閉じて黙ってしまった。もう眠ってしまったらしい。
 …そばにいてもいい…ということだろうか。
 まどろみの中、そんなことを考えた。それに応えるように、とくん、とくんと規則正しい鼓動が聞こえてくる。
 ジョミーの…心臓の、音…。
 一度は止まったこともある、この音。あのときに比べれば、記憶がないくらいどうということはない。でも…。
 …でも、固い決意を秘めて無表情でいたときのジョミーよりも、今のジョミーのほうが優しいのに…素っ気ないと思うのはなぜだろう。
 そう思いながら、ブルーも眠りに落ちようとしたそのとき。
 気だるさにまったく動かなかった自分の腕が、すいと上がった。
 え…っ?
 別に手を上げようと思ったわけじゃない。それどころか、疲れのためか身体はまったく言うことを聞かなくて…。
 その手に緊張が走る。指の先がぴんと伸びて、それが勢いよく振り下ろされた。その到達地点は…!
 その次に来るだろう展開を想像して、ブルーはぞっとした。いくら人の指とはいえ、勢いよく突き立てられれば当然痛いだろうし、傷つくかもしれない。それにここは…!
 だが。
 ブルーの手はジョミーの胸の上でぴたりと止まっていた。そっと見ると、ジョミーの左手がブルーの手首をつかんでいる。やがて、ゆっくりとジョミーの何も映らない緑の瞳が開いた。何の感情も映っていないにも関わらず、責められているような気がする。
 そうじゃなくて…君を…傷つけようなんて、僕は思ってもいなくて…。
 『…寝ぼけたんですよ。疲れていたんでしょう』
 それに応えるように、ジョミーは少し表情を緩めると、思念波でそうささやいてきた。
 「そうじゃ…ない!」
 慌てて起き上がる。もう眠気など吹っ飛んでいた。
 「そうじゃない! 僕は君を傷つけるつもりはなかった! でも…」
 僕は…君を殺そうとした。それが証拠に、皮膚を破り、肉をえぐった感覚が手にまとわりついている。心の臓を突き破ってあふれ出す、熱い血潮の感触までが…。
 ジョミーはしばらく黙っていたが、すぐに首を振った。
 『そうだとしても、あなたの細い腕では僕を殺すなんてできませんよ』
 「そうじゃなくて…! 今のは僕の意志じゃなかったんだ。つまり、それは…」
 言いかけて、その言葉を飲み込む。
 つまり…僕はいつ何時、君を傷つけようとするか、分からない…。
 『疲れていただけですよ』
 言いながら、ジョミーは握っていたブルーの手を引き寄せた、本当にブルーが寝ぼけていたと思ったように、身体を抱きこんだまま目を閉じる。
 「ジョミー…」
 『休みましょう』
 言いながら…力を抜いて横になる。けれど…。
 完全に目が冴えてしまった。
 こちらは眠るどころではないというのに、ジョミーからは規則正しい寝息が聞こえてくる。本当に寝入ってしまったらしい。今自分を殺そうとした人間のそばで眠れるのだから、これはこれで大したものだが、そんなことに感心している余裕などない。
 なぜ急に…。今までこんなことはなかったのに。
 ジョミーを殺せば、ずっと一緒にいられると無意識に思ったのだろうか。いや、そんなはずはない。ジョミーを失いかけたとき、彼のいない世界など意味がないと思い知ったはず。では…なぜ?
 …どんなに考えても答えは出てこない。今の行動の理由が分からなければ、また々ことを繰り返すかもしれない。そうなれば…ジョミーのそばにいることなどできない。
 ブルーはそっと身体を起こして、ベッドから出た。眠れそうにないし、それに…。
 また…自分の意思とは関係なく身体が動いてしまったら…。
 そう思うと怖くて彼のそばで眠ることなどできなかった。
 音を立てないようにドアを開け、廊下に出る。廊下は寒かったが、身体が引き締まるような気がして、むしろありがたかった。
 「シン…?」
 もしかして、この人ならこの事態の原因を知っているのではないだろうかと思って呼びかけてみたが、何の返事もない。
 …まだ…力が回復していないのか…。
 シンは随分無理をしたようだから仕方ないと思って、あきらめて立ち尽くしていたのだが。
 『ブルー?』
 背後のドアが開き、柔らかな思念波で話しかけられるのに、どきっとした。
 「…ジョミー…」
 振り返ると、ジョミーが微笑みながら立っていた。
 『さっきのことでしたら、気にしないでください。なんともなかったんですから』
 「それは…結果論だ」
 けがをしなかったからよかったという問題ではない。しかしジョミーはそれには答えず手を伸ばしてきた。
 『それよりも風邪をひいてしまいますよ? 早く部屋に入って』
 そう言われて…結局手を引かれるままに再び部屋に戻らざるを得なかった。
 
 
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        | またこれかい!!と叱られそうな気がします…。(汗)事態はいろいろ動いております〜♪ 片や記憶喪失、片や夢遊病化しているお騒がせ夫婦であります。いや、シン様の苦労が偲ばれますなぁ。
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