それは、地下の書庫でミュウの情報を探していたときだった。
自分の知らない、ミュウの情報があるらしい。なぜかそんな話が聞こえてきて、つい読んでみたいと思ってこっそりと鍵を借りて入り込んでいた。しかし、それらしいものは見当たらず、あの話は何だったんだろうと思っていたとき。
背後で撃鉄を起こす音がかすかに響いた。
しまった…!
そう思うと同時に、銃声が鳴り響き、辺り一帯が蜂の巣と化した。
「…っ。」
とっさに伏せて、何とか急所は外したものの、うっかり動脈の一部を傷つけたらしい。胸から血が噴き出したまま、止まらない。
…これでは時間の問題だ。いや。
失血死する前に、奴らに殺されるか…。
おそらく、こちらがすんでのところで身をかわしたことは分かっているだろう。とどめを刺そうと近づいてくるのが分かる。でも、逃げることはできない。激痛と息苦しさで、意識を保っているのがやっとだ。
ああ、あの人から気をつけるように言われていたのに。こんなことになって…、あの人は少しでも悲しんでくれるだろうか…?
そんなことを考えていたら、突然書庫の扉が一斉に閉まった。
「な、何だ…?」
「奴は瀕死じゃないのか!?」
さらに、防火ドアまで閉まるのに、こちらのほうが戸惑った。
「…大丈夫か!?」
その柔らかいトーンに目を向けると、らしくもなく慌てた様子のミュウの指導者がふっと姿を現した。
「…ソルジャー…。」
「喋らなくてもいい。」
ああ、そうだった。この人はミュウで、さらに心理攻撃を得意としていたから、声を出すまでもないのか…。
「…こんなときに、君は余計なことを考えるね。」
その精神感応型のミュウであるこの人は、苛立ったようにこちらにひざまずいて傷の具合をみていた。
『…あなたの忠告を聞かなくて…、すみません。』
しかし、それには答えず、ソルジャーは精神を集中して傷に触れようとしたのだが。結局眉をしかめたままじっと傷口を見つめ、ため息をつくと、もう一度手をかざした。
軽くかぶりを振ってから目を閉じるこの人に、申し訳ない気がしてくる。
『もう、助からないんでしょ? 自分の身体のことだから、よく分かってますよ。』
だから、気にしないで。
そう心の中で話しかけている間に、胸の苦しさがふっと消えた。
ミュウの力って…、サイオンってこんな使い方もできるんだ…。
『へえ…、すごい。』
素直に感心したのだが、この人にとってはそれどころではなかったらしい。じろりとこちらを睨んでからまた視線を外した。
「…すまない、気がつくのが遅れた。」
『あなたのせいじゃない。僕の自業自得だから…。』
あなたは何度も忠告したというのに、それを聞かなかったのは僕なんだから。
外では、局内の人間が扉を開けようと躍起になっている様子が分かる。それでも扉はびくともしない。それもこの人の力、なんだよな…。
そう思ってこの人の綺麗な横顔を見ていて。
ひどく身体が冷たくなっていくのが分かった。そして目がかすみ、眠くなるのを感じる。
この仕事を選んだときから、自分は穏やかには死ねないだろうと思っていたのだが、意外に安らかなことに驚いてしまう。でも、これも。
…この人の、サイオンなんだ…。
このまま眠ってしまったら、もう目覚めることはないだろう。でも、その前に…。
『ねえ、ひとつ教えてもらえませんか?』
そう念じると、この人はこちらに目を向けた。
もう、あなたの姿が見えなくなる。あなたの輪郭自体ぼやけてはいるけれど、紅い両の目は鮮やかに僕の目に映っている。
紅い、綺麗なあなたの瞳。
その目で、何人の人を見送ったのかは知らないけれど…。
『あなたにとって、僕はジョミーの身代わりでしたか?』
思い切って、訊いてみた。
しかし、この人からはまったく反応がなかった。だから、僕は思念まで弱っていて、この人に何も伝わっていないのでは…? と思って何とか口を開こうとしたのだが。
「前に言ったと思うけどね、君とジョミーは似ても似つかないよ。君は君だ。」
そう言ってわずかに微笑まれるのに、嬉しくなった。この人は多分嘘をついているのだろう。この人はずっと僕を見ているようで、違うものを見ていた。けど、それでも…。
この人は、この人なりに僕を気遣ってくれたんだ…。
そう思った途端、意識が遠のいた。
『…さようなら、ソルジャー。生きていれば、ミュウの歴史について編さんしてみたかったんだけど…。』
もう、あなたの姿は見えない。
でも、傍についていてくれている気配だけは、分かるから…。
だから…、寂しくない…。
押そうが引こうがブラスターで焼き切ろうが、まったく動かなかったすべての防火扉が突然力を失ったがごとく開いた。
局員が十数名なだれ込んだ書庫は、先ほど狙撃したときと同様、書類や電子記録が散乱していたが、そこには大量の血痕が残っているだけで、シロエの遺体は忽然と消えうせてしまっていたのだった。
完結
拍手連載!シロエ編終了。やっぱりバッドエンドでした、ゴメンなさい〜。 |
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