「ソルジャー・ブルー。」
その言葉に、この人はふと動作を止めた。
それから微笑を浮かべてシロエを見つめる。
「…懐かしい呼び方だね。でも、なぜ君がそれを知ってるのかな?」
「僕のパパは情報局に勤めてるんだ!」
自慢そうに胸をはるところで、おかしくなったらしい。この人はさらに微笑を深くした。
「そこには世界のいろいろな情報がいっぱいあって、ずっと昔に生きていた歴史に名前を残すような人のデータも残っているんだ!もしかしたらあなたのデータもあるんじゃないかと思ってパパに連れてってもらって見せてもらったの。
だって、あなたってすごく偉い人みたいに見えるから!」
「それはありがとう。」
「あなたの名前の『ブルー』で検索かけて、あとはひとつひとつ確認したんだけど、あなたって4千年も前の人なんだ。知らなかった!」
「4千年か。それは僕も知らなかった。」
…少々間抜けな問答のような気がしたけど、スルーすることにした。
「ミュウのこともはじめて知った。
あなたを含めた、特別な力を持った人たちだったんでしょ?」
「そうだね。
でも、それは僕のデータとは違うかもしれないよ。」
「あなただよ!
だって、名前は一緒だし、容姿なんかぴったりだし。アルビノってあなたみたいに色素が薄い人のことでしょ?」
むきになって言うと、この人はああ、と言って首を振った。
「そういう意味じゃないんだよ。
多分、それは僕のことなんだろうけど、歴史とはどうしても歪んで伝わってしまうものでね。僕のこともきっと僕自身とはかけ離れて伝わったのじゃないかとね。」
「そんなものなの?」
「そういうものなんだよ。」
「そうなのかな?あなたのことは、『ミュウ最強の戦士』とか『悲劇の指導者』とかってあったんだけど。」
そう言えば、おかしなことを聞いたとばかりに笑う。
「随分大仰に伝わっているんだね。『最強の戦士』というのは単なる誇張だと思うけど、『悲劇の指導者』って何なんだろうね。そもそも、僕のどの辺が悲劇なんだろう。」
「ええっと、確か、『永い間ミュウという種族を独りで支え、非業の死を遂げた人』って…。」
「君には僕がそんなに悲劇的な人間に見える?」
改めて問われて考えるに、この人の悠然と微笑む姿からは悲劇という言葉は似つかわしくない。
「見えないけど…。」
「そうだろう?
人間の幸不幸の割合なんて、そうそう変わるものじゃない。ほぼ同等になるように出来ているんだよ。だから、僕もただの悲劇の人といわれると困ってしまうんだ。」
それでも喜劇よりはましかな、と冗談めかして続ける。
しかしそうは言うが、『長寿であったがゆえに300年の永きにわたりミュウの長を務め、最後の戦いの中で命を落とした孤高の指導者』という一文には、個を捨ててひたすら長としての人生を歩んだこの人の潔さが伝わってくる。
「でも…、普通の人から比べれば、大変だったんだろうなって思って…。」
「大変だっただけじゃないよ。確かに平凡な生き方じゃなかったかもしれないけど、その分楽しいことも嬉しいこともたくさんあった。
もし、僕に悲劇的なことがあったとすれば…。」
ふと考え込んで、少し悲しそうに笑う。
「後継者を失ったことかな。」
それも記録にあった。ソルジャー・ブルーに次ぐ能力者で、次代のソルジャーと目されながら、地球を目指す戦いの中で命を落とした。
その名前は…。
「もしかして、『ジョミー・マーキス・シン』ですか…?」
「そんなことまで記録に残っているのか…。」
そう問えば、感心したように、というよりも呆れた風にこの人はつぶやいた。
「あなたに次ぐ力の持ち主で、勇猛果敢な攻撃の要って…。」
「…少々美化されているような気はするけど、攻撃の要だったことは事実だね。
でも、決して彼は僕に次いで強かったわけじゃなく、僕以上に強かった。それは間違いない。」
やはり歴史は正しく伝わらないものだね、と苦笑いしている。
「あなた、以上に…?」
「そう。それに力だけでなく、精神的にも強かった。それで助けられたことは数え切れない。彼は多分それには気づいていないと思うけどね。
けれど、戦い方は勇猛と言うか、つまりは怖いもの知らずの子供のようなもので、戦法などとはとてもいえなくてね。あまりにも目に余るものだから、戦闘手段に関する意見の衝突は日常茶飯事だった。おかげで彼とは喧嘩が絶えなくてね。」
さすがに驚いた。指導者と、というか、こんな穏やかな人と喧嘩…?
「指導者のあなたと喧嘩するんですか…?」
「彼にとっては、指導者だろうが一般人だろうが、皆同じだよ。」
「それって、無礼とかいう奴じゃ…?」
言いかけたけど、この人の雰囲気を以ってして喧嘩するくらいなのだから、そのジョミーという人も相当度胸のある人なのだろうと思い直した。
「彼にはそんな意識もなかっただろうね。それに、彼が慎み深くて礼儀正しいところなんて僕には想像できないくらいだよ。
言い出したら聞かないし、こちらの思惑どおりには決して動いてくれないやんちゃな性格で、僕も随分手を焼いた。よくもこんなに困らせてくれるものだと何度切れそうになったことか。…実際に当り散らしたこともあったけどね。」
この人が…?とシロエは怪訝に思った。今は穏やかで、滅多なことでは怒りそうにないように見える。
一方のこの人は、当時を思い出しているのか、楽しそうに笑いながら言う。
「でもあなた、すごく嬉しそうだ。」
「そうだね。こうやって文句を言っているけど、僕はそんな彼が好きだったから。
そもそも僕の手の内でしか動けない後継者ならば、僕自身が満足できるわけがないからね。元気がありすぎるくらいがちょうどいい。」
もっとも、とこの人は続けた。
「そんなことは彼には言ったことがない。いつも型破りな行動に小言ばかり言っていたような気がするけどね。」
…これだけ大事に思っていた後継者に先立たれたこの人の悲しみとは、どのくらいのものだったんだろう。
きっと、悔やんでも悔やみきれなかったんだろうなと思って、ふと何かに思い当たった。
「もしかして、待っている人って、その人…。」
「…君は勘が鋭いね。」
自分の直感が当たっていたことに、なぜか悔しさを覚えた。何でこの人は、そんな昔に亡くなった人のことばかり気にしているんだろう。
しかし、この人はそんなシロエの思いにはまったく気がつかないらしい。急に話題を変えてきた。
「それから忠告しておこう。
君は『好奇心は猫をも殺す』という言葉を知っているかい?」
「…知ってますが…。」
「求知心を持つのはいいことだけど、度を超えると面倒なことになるよ。
一般に出回っていない情報とは、得てして極秘情報である可能性が強い。僕やジョミーのこと、ミュウの歴史はおそらくタブーの類だと思う。
今後は、あまりそういうものには近づかないことだね。」
「どうして…!実際あったことを、なかったことにするほうがおかしいのに!」
「それは正論だけど、世の中はそればかりじゃないよ。
年長者の言うことはきちんと聞いたほうがいい。」
そのときを最後に、僕とこの人が会うことはなかった。
そう、あのときまで。
ドジ踏んだ…。まさか後ろから殴られるとは思わなかったものだから…。
閉じ込められたこの部屋は、どうやら鉄筋コンクリートのビルの中らしい。何とか脱出しようと試みたが、窓もドアも叩こうが殴ろうが開けることはできない。
これからどうしようかと思ったときだった。
「逃げるのなら手伝おうか?」
覚えのある声に顔を上げる。
「あなたは…。」
「まったく…、君といいジョミーといい、人の忠告を聞かないから…。」
呆れたような赤い目が、こちらを見ていた。
「どうしてここに…?」
「偶然、君を見たもので懐かしくなってね。
なに、たまたまこのあたりを散歩していたら、気を失って連れ込まれる君を見かけたというわけなんだよ。」
苦笑いをしながらたたずむこの人を見た途端、時間が巻き戻ったかのような感覚を覚えた。外見はまったく変わっていない。それもそのはず、相手は身体を持たない精神体なのだから。
「そんなことよりも、彼らが戻る前に逃げないとまずいのでは?僕で手伝えることがあればと思ったんだが。」
精神体だからこそ、こんなところへ入り込めるのかもしれないが、普通の人間にはそんなことは不可能だ。増してやここから出ることなど。
「無理ですよ、そこの窓は防弾ガラスだし、扉だって頑丈で全然動かないんです。」
「僕を誰だと思っている?かつてはミュウのソルジャーと呼ばれていたんだよ。」
特別な力を持つミュウの長。そしてその強大な力は伝説となったほどだ。
「え…?今でも持ってるんですか?その能力。」
「そう簡単に消えるものじゃないよ。
それはそうと、今回は本当に偶然なんだから、こんなことが二度三度あると思ってもらっては困る。以後こんな状況に陥らないように注意したほうがいい。」
「了解です、ソルジャー!」
「…懲りてないだろう、君は。」
呆れ果てたようにこちらを見遣ってから、前のドアを見据える。
「少し下がっていたまえ。」
言うが早いか、この人のまわりを青い燐光が包み込んだ。
最強の戦士とあだ名されたこの人の勇姿を見られるなんて…!
つい、立場も忘れてわくわくしてしまった。それを口に出せば、また苦笑いされると思うけど。
拍手連載!シロエ編、また後日続きをあげたいと思っております〜。お付き合い、よろしくです! |
|