かつてアルタミラのあった付近の衛星に、別のミュウの収容所がある。それ自体はさほど驚くようなことじゃない。迷惑な話だが、ミュウの実験のための収容所はそこここにある。それなのに、僕だけでなく、ブルーまでもが言葉を失ってしまったのは…。
『アルタミラの…生き残りのミュウが収容されていると…データにはそうあります…!』
およそ300年前に行われた虐殺の…生き残りが…。
ブルーをと見ると、信じられないといった様子で目を見開いている。
「分かった、すぐに行く!」
すぐに返事をしてから通信を切り、声も出ないくらい驚いているブルーを見た。
以前、聞いたことがある。小さな宇宙船を奪って、メギドの火を逃れたことを。小さな衛星は、惑星を破壊するとまで言われた兵器の攻撃によって炎上し、すぐに燃え尽きてしまったと…。
多分、そのときの記憶が呼び起こされているのだろう。呆然と突っ立ったまま動かない。
「ほら、ブルー、何やってんだよ!」
力任せに手を引くと、ぼんやりとした紅い瞳がこちらを見た。それがいつものブルーらしくなく映る。
「ジョミー…」
「ウソか本当かは分からないけれど、昔の君の仲間が生きているかもしれないんじゃないか」
そういうと、ああ、とうなずいた。
「そう…だな」
昔死んだと思った仲間が生きているかもしれない。もちろん何か間違いである可能性もあるが、データにはそうあるということだ。
ブルーはずっとアルタミラで助けられなかった仲間のことを気にしていた。そんな素振りは一度も見せなかったけれど、心の底でずっと悔やんでいたのは、分かっていた。だから…。
「行こう、ブルー」
まだ呆然としているこの人の手をつかんだまま、歩き出す。
「助けに行かなきゃ。僕たちの仲間を」
「あ…ああ」
いつもの毅然とした態度はどこへやら、今の報告が信じられないとばかりにぼんやりとしているブルーが、いつもとぜんぜん違って…なんだかすごく、かわいく見えた。
仲間の救出は、すぐに決まった。大切な仲間たちをこのまま放っておくわけにはいかないし、この戦いの中で囚われた仲間を盾にされて撤退を余儀なくされることなど、容易に想像がついたからだ。
収容所の人数は2、30人程度。うち、アルタミラの生き残りと思しきものはひとりかふたりのようだった。名前までは分からなかったが、長老たちの衝撃は計り知れず、ブルーよりもショックを受けている様子だった。
「皆で迎えに行きたい」
そう言い出したのは、ブルーだった。
「救出は別働隊を立て、あくまで本隊は地球へ向かう判断が正しいのかもしれないが、地球へ行くだけがSD体制を崩すとは思わない」
反対の声は上がらなかった。仲間とともにつかみ取る自由。僕たちが目指していたのは、まさにそれだったのだから。
その後、冥王星基地にあった収容所のデータをもとに作戦が立てられた。ご多分もれず、収容所の付近の星域にはサイオンを封じる装置が点在し、そのすべてが稼働してしまうと、ミュウ最強のタイプ・ブルーとはいえ苦戦を強いられることは間違いなさそうだ、が。
「でも、いつものことだろ?」
データによれば、攻撃システムにしろ、迎撃システムにしろ、他のミュウ収容所とさほど大変わりしない仕様だ。それなら、いつもどおりやればいいだけだ。
「そんなに難しく考えることないじゃないか。この程度の規模の収容所なら、何度も落としてきたし」
青の間での会議で、深刻そうに眉をひそめている長老たちに向かって軽い雰囲気で言ってみた。でも、本当のところ深刻なのは収容所の設備のことじゃない。それは分かっているのだけど…。
「相変わらずだね、君は」
声の方向を見ると、呆れたような紅い瞳がこちらを見ている。
「アルタミラの生き残りがいるとすれば、その収容所の警備体制はほかよりもさらに万全だと見るべきだろう」
「今までだって万全の体制の収容所を解放してきたんだよ?」
「そうじゃないんだ、ジョミー。あのときのアルタミラの惨状は、思い出したくもないくらいひどいものだった。あの状況下で生きていたとなると、かなりの力の持ち主と見て間違いはない。それを幽閉していたということは、サイオンの対策はほかの収容所に比べて強固なはずだ」
アルタミラの惨状。
何の気負いもなく口にしたブルーだったが、アルタミラを知る長老たちは、ひどく辛そうな顔をした。
「大丈夫、どんなところだろうと、機械なんかに負けないから!」
「収容所に捕らえられていたミュウは、その機械に力を封じられてきた。甘く見ないことだ」
「甘くなんて見てないよ! 君は心配性なんだって」
そりゃ、僕は収容所にいた記憶はないけど…。
でも、考えてばかりいては始まらない。そもそも、収容所自体を見ないまま考えていて、いい作戦など思い浮かぶはずはないのだ。どんなにデータを解析していても仕方がない。実際にそのアルタミラの生き残りがいるという収容所へ行ってみるよりほかがない。
ブルーだって分かっているのだろう、ジョミーからふいと視線を外した。
「…そうだな。こんなところで話し合っていても、堂々巡りだ」
そう言ってから、ブルーは口を閉ざした。
あとは救出の際の大まかな配置だけを決めて、早々に解散となった。けれど、気になることがあったから、僕はそのまま青の間に残った。
「…あの、さ」
ベッドに腰掛けたブルーはいつもと変わりないように見えた。けれど、それが不自然に映る。
初めてアルタミラの生き残りがいると知らされたときのブルーは、ひどく驚いた様子だったのに、その後はいつもどおり。救出作戦のときも普段どおりで、同じくアルタミラを経験した長老たちとは反応がまったく違ってしまっていた。だから。
「ブルー…?」
また、無理してるんじゃないだろうか。そんな風に思えたんだけど…。
ちらり、と紅い瞳がこちらを射た。
「怖い、といったら…君は笑うかな」
「こわ…?」
ふっと笑いながら言われたその言葉に、目を見開いた。聞き慣れない単語を言い慣れない人から聞くと、なんだか不思議な気分になる。
「ブルーに怖いものなんか、あるの?」
「君に言われるとは心外だな」
「なんだよ、それ」
「無茶無謀を絵に描いたような君に言われるとは、思いも寄らなかった、と言っている」
「解説しなくてもいいよ!」
そういうと、ブルーは苦笑いして…でもすぐに表情を消した。
「…さっき言ったとおり」
無感動にそう言って、ブルーはゆっくりとこちらを見た。
…悲しそうな、瞳…。
「…あのときのアルタミラはとても人が生きていられるような状況ではなかった。ましてや、どんなに力の強いミュウであっても、収容所で痛めつけられた身体であんな場所に放り出されれば、無事に済むはずがない」
…ブルー…。
やっぱり、と思った。かつての仲間が生きていたという話は喜ばしいことではあるが、それだけではないだろうと思っていた。何よりも、長老たちの複雑そうな表情が物語っている。
「…確かに、地上で生きている仲間はいたのだろう。けれど、救えなかった」
まるで懺悔のようだ、と思った。
「そ…それはそうだよ。だって、一刻も早く逃げなきゃ、君たちだって死んでいたんだから…」
「果たして、アルタミラに残された仲間がそう思ってくれるだろうか」
ゼルの弟は、脱出のときに地獄絵のような地上に落ちていったと聞いた。生き残りが彼なのか、それは分からないが、そのとき彼はどう思っていただろう…。
「…ブルー…」
「僕たちは、彼らを見捨てて逃げたんだよ」
自分可愛さに。
「で…でも、それは不可抗力だ!」
逃げたんじゃない、逃げざるを得なかった。それは断言できる…!
「ブルーはできる限りのことはした! 長老のみんなだってそうだ、それでも力が及ばなかった、それは僕が…いや、ここにいる僕たちがよく分かってる…!」
ブルーはというと。
しばらく黙ってこちらを見つめていた。だが、やがてふっと表情を緩めて、「すまない」とつぶやいた。
「…僕らしくもないな。つまらないことを言ってしまった」
「つまらなくなんか、ない!」
君が無理しているほうが、よっぽど僕は辛い…!
「繰言だろうが泣き言だろうが、言いたいことがあれば言えばいいんだ! カッコつけの君がみんなに言えないっていうのなら、僕が聞く!」
そう、誰にも言えないのなら、僕に言えばいい。君が、まわりが考えているほど完璧でも万能でもないことは、よく分かっているんだから…!
「…ありがとう、ジョミー」
ブルーの安心したような表情を見て、こちらもほっとした。
…指導者は大変だとしみじみ思う。けれど、身体的な強さは別にして、ブルーほどうまく皆をまとめられる人を…僕は知らない。だから、君の愚痴くらいはいくらでも聞くから…。それで、少しでも気が晴れるのなら。
「少し気が楽になったよ」と言ったブルーだったがその直後、今度は渋い顔をしてこちらをにらんだ。
「…それにしてもカッコつけとは失礼だな。士気にかかわるから、口にしなかっただけなんだが」
「君の場合、それは建前じゃないか。その若作りがいい証拠。ほかの長老よりとずいぶんとギャップがあるみたいだけど?」
誰よりも年寄りのくせに。
「…さっきから聞いていれば本当に君は…」
失礼だね、とでも言おうとしたのだろう。けれど、それっきりブルーは黙り込んでしまった。そんな反応は予想外で、少し不安になる。
「…? ブルー…?」
…元気づけるつもりが、また落ち込ませちゃったのかな…?
心配そうな顔をしていたのだろう、ふっとブルーはこちらを見て、次の瞬間にこりと笑った。
「いや。君が僕の後継者で、本当によかったと思ってね」
その、嬉しそうな言葉に、何もかも吹っ飛んだ。
「だからっ、君の後継者はいやだって言ってるじゃないか――!」
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悲劇の前の潤い〜♪ Wソルジャーならではの世界っすよvv |
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