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 「ジョミー、もう一度訊く。キースとは何者だ…?」
 答えられるはずもない。
 キースとの付き合いを話せば、記憶喪失を装ったことも知られてしまう。どこの馬の骨とも知れない子供が記憶喪失を装い、国王に近づく。それこそ、刺客と判断されても仕方のない状況だ。
 何をどういえばいいのか分からない中、沈黙だけが落ちる。
 やがて、国王がため息をついて口を開いた。
 「ジョミー。
 君はこの国の刑罰を知らないだろうが、不義密通を働いたものには厳しい処罰が待っているんだ。それは婚約者であっても同じ。
 ひとたび罪が確定すれば、その処分は司法の手に委ねられ、僕には手が届かなくなる。処遇は…、不実の程度によるが、罰金で済むものから懲役刑や、裏切られた相手による処刑まである。」
 『そんな…!不義密通なんて…!』
 「ならば答えられるはずだろう。」
 こんなときの国王様には、恐ろしいほどの迫力がある。いつもは優しくてにこやかな人なのに、今はとてつもなく恐ろしい。だが、怒りを宿すこの人の表情はこんなときですら美しい。
 それでも…、その問いには答えられない。
 『信じてください!僕はあなたを裏切ったりしていません!!』
 目を大きく見開き、ひたと視線を国王に合わせたまま訴える。
 だが、これでは証明にならないだろう。そのくらいは子供である自分にも分かっている。客観的な証明、やはり『キース』と自分との関係を明らかにできることなのだろうが…。
 『お願いです、ブルー。どんなことでもします、だから…。』
 …牢獄に追いやることなどしないで。
 僕はあなたを見ていたい。そのためにここにいるというのに…。
 『あなたの…、気の済む方法で調べてもらっても構いませんから!
 天地神明に誓って、僕はあなたを裏切っていない…!!』
 ごめんなさい、どうしてもキースのことは言えません。だけど…。
 ずっと…、あなたのそばにいたい。だから…。
 そう言われるのに、この人は悲しげに目を閉じた。
 「…婚約者のふりをする、と言っても内々に君は僕の婚約者となっている。だから、君にそんな疑いがかかれば、僕は君を庇うことができなくなる。…僕が法を犯すわけにはいかないからね。」
 言っていることはよく分かる。国王自らが自国の法律を乱すわけにはいかない。
 でも。
 『…ブルー、僕はあなた以外には決して…!』
 あなたに会いたくてここまで来た。
 それなのに…、あなた以外と情を通じるなど、そんなことがあるはずはない…!!
 「…君は今、僕の気の済む方法で、と言ったね。」
 そう真剣な紅の瞳で言われるのに、僕は誠心誠意うなずいた。
 『はい!』
 「どんなことでも?」
 『はい!』
 どんな方法でもいい、僕の不実という疑いが払拭されるのなら…!
 「では…、服を脱いで。」
 え…?
 真顔で言われたその言葉に、一瞬にして目が点になる。
 この人の前で…?
 こんな綺麗で美しい人に、僕の貧弱な身体を見せる…?そう思うだけで、恥ずかしさで顔が熱くなる。
 でも。それしかないのなら…。
 それで…、あなたが僕を信じてくれるのならば…。
 そう思って、ボタンに手をかける。
 この人の瞳は冴え冴えとしていて、それだけでもいたたまれない気分になる。きっと貧相で面白味も何もない身体だろうに…。
 シャツを脱ごうとしたとき、この人が大きくため息をついた。
 「…もういい。」
 『え…?』
 まだ脱いでないのに?
 不思議に思っていると、国王は何の予告もせずにきびすを返した。
 『待って…!』
 いや。声が出ないのに、相手が背を向けていては、まったく通じない。
 だから。今まさにドアを開こうとするこの人を、走り寄ってその腕を取って止め、前に回りこんだ。我ながら大胆なと思ったが、構っていられる余裕はなかった。
 『待って!僕は本当にあなたを裏切ってはいません!』
 同じ言葉を馬鹿みたいに繰り返すことしかできない。この人はそんな僕をじっと見つめていたが、やがて吐息混じりにつぶやいた。
 「…君が『キース』のことを大事に思っていることはよく分かった。」
 でも…、どんなに憎い恋敵だとしても、僕は『キース』に何もしないよ…?
 その言葉に、今度は別の意味で焦った。
 そうじゃない、そういう意味で口を閉ざしているわけじゃない…!
 『お願いです、信じて…!
 何でもしますから、どうか僕を遠ざけてしまうのはやめてください…!』
 悲鳴に似た訴えに心を動かされたのか、この人は真剣な表情でじっと僕を見下ろして、そうか、と言った。
 「ではジョミー。君は今ここで僕に抱かれることができるのか?」
 『あなたに…?』
 呆然とつぶやいてからその意味を改めて考えて、顔が真っ赤になった。
 あなたに抱かれる…って。つまり、つまりそれは…。
 「君が『キース』と何の関係もないのなら、できないことではないはず。
 君にその覚悟があるなら、今回は信じよう。」
 え、えええ!?そんな…っ、だって、あの方は…?
 ジョミーの脳裏に先日この城にやってきた、美しい巫女姫の姿が浮かぶ。
 『あの、フィシス様のことは…、いいんですか?』
 口にするのも勇気がいったが、ブルーの恋人であるあの穢れなき巫女姫をあざむくだなどと。あの美しい微笑と、鈴を転がすような声音の優しい人を思うと、胸が痛くなる。
 「フィシス?」
 国王は不思議そうにつぶやいた後、ああ、と納得したように微笑む。ここに来て初めてこの人の笑顔を見ることができて、少しほっとした。
 しかし、それもつかの間だった、
 「そうだね。こんなことがフィシスに知れると、さすがに叱られるか。」
 内容に比べて、楽しそうな台詞に、ジョミーの顔が引きつる。
 …ということは…、やはりブルーとフィシス様は…。
 国王の腕を掴んでいた手が、力なく落ちる。
 分かっては…、いたんだけど。それでも、国王自らその事実を認めてしまうと、もう誤魔化しようがない。
 しかし。
 その力をなくした手を、国王自身が掴んでジョミーを引き寄せた。驚いたのはジョミーだった。
 『ブルー!?…ん…っ。』
 急に口付けられて、言葉を遮られる。
 「ジョミー、フィシスには内緒だよ?」
 ええっ?
 いたずらっぽく言われる言葉に、愕然とする。
 『そんな…、巫女姫相手に隠しごとなんて…。』
 「君が言わなければ分からない。」
 『でも、ブルー…っ。』
 「ジョミー。」
 幾分まじめな声でささやかれてどきりとする。
 「ならば選びたまえ。
 不実の咎で断罪されるか『キース』とのことを話すか。それとも、僕に身体を委ね、身の証を立てるか。」
 国王は動作を止め、答えるよう促した。
 しかし。
 ジョミーにとって取ることのできる選択肢はたった一つしかなかった。
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        | 国王様、選択肢のないものを選べと言うのはいかがなものでしょうか??いろいろ騙されてマス、ジョミー…。 |   |