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   「僕、村長様の夢枕に立つだけでいいんです、生き返らなくったって! そしたら、いけにえになった子どものお告げだって言って、きっときちんと考えてくださると思うんです!」「…生きていると、信憑性が低くなるというわけか…」
 「う…まあ…」
 その辺はごにょごにょ言っていたジョミーだったが、ブルーはもう一度ため息をついた。
 …だが、このジョミーはここにいる。通常ならヒト、いや神と呼ばれる存在さえ入り込むことのできない場所に。
 「よかろう」
 ふっとブルーの左手が上がった。同時に、ジョミーの身体もふわりと浮いた。
 「君がそれで構わないのなら、そうしよう」
 「え…っ、神様、ちょっと!」
 突然の出来事に慌てるジョミーだったが、ブルーは顔色ひとつ変えない。
 「その姿のまま、君の村の実力者の夢に送る。そこで話したまえ」
 「あ…あのっ!」
 ブルーの紅い瞳がほのかに青く光った瞬間、ジョミーの身体は中空でふっと消えた。
 …さすがに、ヒトの身でこの場に入り込むほどの祈りに報いてやらなければ、かわいそうな気がする。あの子どもの望みどおり村長とやらと話させれば、あとは記憶を奪って人間界に戻せばいいだろう。あの村の近くではまずいだろうから、少しはなれた場所に…。
 そう思って、村長の夢の中で目をぱちくりさせていたジョミーを見ていたのだが、やがて彼は状況を把握して、自分の夢の中で腰を抜かしている村長に興奮気味に話しかけた。
 『村長様。僕、川の神様に会えたんですよ! とっても綺麗で、とっても優しい方なんです!』
 …つい…脱力してしまった。
 それはいったい誰のことだ? 綺麗までは分かるが、僕は決して優しくなどない。これは、君の思いの強さに敬意を表しただけで…。
 そんなブルーの内心などまったく思いも寄らないジョミーは、早速ブルーに教えてもらった治水の方法を村長に話し始めた。それにはブルーも驚いた。
 おそらくあんな小さな子どものことだ、伝言ゲームのような展開になるだろうと思っていたのだが、なかなかどうして、ジョミーはブルーの言うことをきちんと理解していたらしい。ため池のことやダムのことなど、身振り手振りを加えながらも、自分の言葉でほぼ正確に話している。
 …本当に賢い子どもだな…。これなら、記憶をなくしてひとりどこかに放り出されたとしても、生きていくすべを見つけることだろう。
 そう思いつつ、ジョミーの言うことを聞いていたブルーだったのだが。
 『そうか…。と、とにかくすまなかったのう、ジョミー。お前のような小さな子どもをこんな辛い目にあわせて』
 ひと通り話を聞いた村長とやらのほうが、よほどジョミーの話を理解しているのか怪しいものだった。それでも年長者のプライドからか、ジョミーに聞き返すようなことはしなかった。
 …まあ、ため池くらいなら分かるだろう。それ以上は必要ない。
 『村長様、僕、辛くなんてありません』
 ジョミーは笑顔で首を振った。
 『いいえ、僕は村長様に感謝しているくらいです。僕をいけにえにすることを認めてくださって。だって、あんなに美しくてあんなに親切な神様のそば仕えになれるんですから!』
 …な…んだって…?
 『村長様、心配しないで。僕、神様のおそばでお世話をさせていただくことになったんです!』
 けなげな子だ、と柄にもなく感心してうっかり聞き逃しそうになって。
 ブルーは慌てて手を振った。途端にジョミーの姿が村長の夢から消え、ふっとブルーの前に現れた。
 「え…あれ…?」
 ジョミーは突然ブルーに元に戻ってきてびっくりしていたようだった。ぼんやりと突っ立って、突然目の前に現れたブルーを見つめて呆けている。
 「…誰がそんなことを言った…?」
 しかし。
 地を這うようなブルーの声音に、夢見心地だったらしいジョミーははっとして目を見張った。
 「言ったはずだ、僕は自分の世話をするための使用人など置いていないと。そして、これからもそれは同じだ」
 そう宣言する怜悧な紅い瞳を、ジョミーはものも言えずひたすらブルーを見つめているしかできない。
 「君が勝手に居座るのは許さない。人間界に戻りたまえ」
 そして、呆然としているジョミーの額に向かって手をかざす。その手のひらから、青い光がふわりと広がった。
 「ま…って…」
 これでお別れだ。今までの記憶を奪い、人間界に君を返す。すべてを忘れさせて。
 青い光に包まれたジョミーは、力が抜けたようにがくりと膝をついた。目の焦点も合っておらず、完全なる催眠状態に陥っている様子だ。
 「君はまだ生きている。だから、このままヒトとしての生をまっとうするがいい。すべて忘れて…」
 今までのことも、ここでのことも。
 だが。ブルーがそうつぶやいた途端、ジョミーの緑の瞳が突然光を取り戻した。
 いや…だ…。
 「……?」
 ふと聞こえてきた声に、最初は幻聴かと思った。けれど、それは耳で聞いたわけじゃない。
 不思議に思ってもう一度目の前の子どもを見ると、さっきとは打って変わってしっかりとした表情でブルーをにらみつけているジョミーの姿があった。いや、それだけではない。じわじわとだが、ブルーの手から流れ出るような青い光が押し返されている様子が見て取れた。
 …馬鹿な…! たかがヒトの子が、この僕の力を…。
 「…や…だ…っ! 僕はどこにもいかない…っ!」
 意志の強い、緑の瞳。意味もなく焦って、さらに力を加えたが、どういうわけか、まったく利かない。手ごたえすら感じられないことに、さらに焦る。
 「勝手なことを…! 君はヒトだ、人間界にあるのが自然の…」
 「…っ! い、やだーー!」
 「!!」
 青の光が、完全に弾け飛んだ。ジョミーの叫びとともに、ブルーの力は雲散霧消した、いや、させられたといったほうが正しいか。
 …そんな…はずは…。
 今度はブルーが呆然とする番だった。あまりのショックに、手が力なく下ろされる。
 たかだかヒトが…ヒトの子が、僕の力を退けられるわけは…ない…のに…。この子どもは…いったい何者なんだ…?
 まじまじと目の前の子どもを見ようとして。
 どきっとした。
 ジョミーの大きな緑の瞳からは、大粒の涙がぽろぽろとこぼれていたからだ。その光景に、ブルーは声さえ出せなかった。
 「お…願いです、ここに置いてくださいっ!」
 しかし、次にジョミーはがばっと泣き顔のまま土下座した。その様子にブルーは、ただただ呆気に取られるしかなかった。
 …この子は…今自分が何をしたのか、分かっていないのか? 抗えるはずのない、神の力とさえ呼ばれるものを退けた。それをこの子は…。
 「何でも…しますから…っ、お掃除だってお料理だって…っ。だから…お願いしますっ!」
 誰かに泣かれたからといって、ほだされるようなことはない。何百年、ずっとそうだった。だからこれからもそうだと思っていた。けれど…。
 ヒトの…いや、誰かの涙が、こんなに美しく思えるのは初めてで、ブルーはただジョミーを見つめているしかできなかった。
 
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        | 久しぶりの更新ですみません! と言うわけで、徐々にほだされていくことになるブルーなのでありました♪ いやもう「なぐさみもので構いませんから」という台詞を |   |