ジョミーのことを話しているうちに、時間が経っていたらしい、馬車が止まった。
「…着きましたよ」
リオはそう言いながら、馬車のドアを開けた。それに続こうとして…。動作が止まった。
「…ここは…どこだ?」
てっきり王城へ向かっていると思っていたのに、目の前にそびえるのは真っ黒な建物。いや、単に暗いので黒く見えているだけかもしれないが、少なくとも首都にそびえる王城ではない。記憶にある煌びやかな建物とは大きく異なっている。
大体、王城のある首都は、国の中央だけあっていろいろな機関が集っているというのに、このあたりには何もない。
「ジョミーが、あなたと話をしてから直接王城へ送りたいと言っておりましたので」
一顧だにせずにささやくリオに違和感を覚えたものの、『ジョミー』という名前に妙な安心を感じて、一歩踏み出そうとしたが。
「…だが、ここはシン家ではない」
大分記憶は薄れたものの、こんな暗いイメージはなかった。確かシン家は白い建物だった。国家騎士団長で当主のウィリアム・シンは穏やかで気さくな人柄で、その妻のマリアもとても優しく、息子であるジョミーも明るい子どもだったから、この家のイメージにぴったりだと思っていたものなのに。
「…ここは、シン家の別邸になります」
言いながら、リオは歩を緩めることなく門を開けた。
「…なぜ?」
ここがどこなのかよく分からないが、王城に向かうのなら、本宅のほうが都合がいいのではないか。シンは国家騎士団の長だったから、その館は王城に近い場所にあった。
しかし、さっさと歩いて行くリオは、その疑問に答える様子はない。仕方なく、ブルーもそれに続く。
玄関に入ると、ぼんやりとしたろうそくの明かりに内部が見て取れた。調度品は立派だがほこりっぽく、あまり使われていないということが分かる。
…なぜジョミーはこんなところに…。
「どうぞ、こちらです」
ブルーが中の様子を見回している間にも、リオはさっさと奥へ歩いて行く。置いていかれまいと、ブルーもリオを追った。
「…なぜ別邸に来たのだ? ジョミーは一体何を考えている?」
けれど、リオは何の返事もしない。
「…リオ?」
それでもリオは黙って歩いている。
「リオ、どういうことなんだ? 黙っていては分からない…」
「ジョミーに、お聞きください」
自分には話す権利はないとばかりに、リオはそれだけ言って再び黙り込んだ。
…それもそうか。
ブルーはさらに問いかけようと開いた口を閉じた。
リオは、ジョミーの部下だ。ジョミーの指示で動いているのだろうから、直接ジョミーに訊いたほうがいいのだろう。なぜ、王城から離れたこんな辺鄙な場所に来たのか。何の考えがあって、ここに連れられてきたのか。
「こちらです」
廊下の突き当たりでリオは立ち止まった。はっと前を見ると、黒い重厚そうな扉が見える。リオはドアを開き、ブルーに入るよう促した。
…ジョミーは?
中に入ると、ぼうっとしたろうそくが一本だけ灯っている。それゆえ、最初のうちは暗くて部屋の様子がよく分からなかったが、少し目が慣れてきて改めて内装を見て。
愕然とした。
部屋自体は広く、高価そうなベッドや応接セットといったもののあることが分かった。が、驚いたのはそこではない。窓という窓に、内側から鉄格子がつけられている。まるで、牢屋のようなイメージに、リオを振り返ったブルーだったが。
バタン!
その途端、ドアが閉められた。
「リオ!?」
これはどういうことなのか、問い質そうとドアノブを握ったが、ノブが回らない。
「リオ、開けてくれ! これは一体…!」
「ブルー様、申しわけございません」
ドアの向こうから悲しげなリオの声が聞こえてきた。
「こうするしかないのです。どうか…お許しを」
「どういうことだ!? リオ、分かるように説明してくれ!」
「…もうすぐ、ジョミーが参ります。彼から話があるでしょう」
「リオ…! 待ってくれ、リオ!」
それっきり…。リオの気配は遠ざかっていった。
故郷に…王城に戻るはずが…。
なぜこんなことになったのだろう、と。ブルーは重そうなドアを見つめながら、思っていた。
このまま幽閉されるのだろうか。それとも…餓死させられるのか。
十年以上前の事件で死を覚悟して以来、いつこんなことが起きてもおかしくないとは思っていた。けれど、それが…。
ジョミーが、関わっていると思っただけで、足元が崩れそうな気がした。そのくらい、ジョミーがこれまでの自分の支えになっていたと自覚してしまうくらいだ。
ブルーはソファに座ってぼんやりと考えた。
僕が戻ってくることは、君にとっては迷惑だったのか。僕の存在自体が、君にとっては邪魔だったのか…。
なぜなのか、それは分からない。あのときは慕ってくれていたけれど、歳月が経って政治にも関わるようになっただろう君が、昔の造反事件をどう思ったか…。
ブルーは寒気に身を震わせた。
あのときとは状況が違う。何も知らない、子どもだったときとは…。
そのとき、外から馬のひづめの音が聞こえてきた。それはこちらに近づいてくる。ブルーは慌てて鉄格子の間から外を覗いた。暗くてよく分からないが、誰かが馬に乗ってこちらに向かってくる様子が見て取れた。
…ジョミー!
それは直感だった。うっすらと見える金髪に、昔の幼い少年の面影がダブった。ブルーの心臓は早鐘のように鳴る。
ジョミーに、なぜこんなことをするのか尋ねなければならない。君の邪魔になるのなら、父の墓参りを終えたらこのまま国を出てもいい。…君が、僕を邪魔に思うのなら…これ以上の迷惑はかけないから…。
ドアのロックが解除される気配がして。ゆっくりとドアが開いた。
…ジョミー…。
そこにいるのは、十年以上も前に別れたっきりの幼馴なじみだった。明るい金髪に、澄んだ緑の瞳は見間違えようがない。
背丈は、ブルーよりも少しばかり高いくらい。やせすぎでもなく、また太りすぎてもいない均整の取れた体格は、さすがは国家騎士団の長といったところか。昔はふっくらしていた顔の輪郭はすっかりシャープなものとなり、大人っぽい細面に、ブルーは状況も忘れて見とれた。だが
「…おかえり、ブルー」
口元に笑みを刻み、皮肉っぽくそう言われるのには、はっとした。
「思った以上に早い帰国ですね。驚きました」
ジョミーの口調には、歓迎のかの字もない。もっと先だと思っていたのに、急に帰ってきて迷惑だ、と。そんな風に思えた。
「…それはすまない」
抑揚のない声で応じながら、ブルーはジョミーを見つめた。この仕打ちの真意は聞かなければいけない。
「だが、帰るなりこんなところに閉じ込められるとは思っていなかった。どういうわけか、教えてくれるだろうね」
リオに聞いても答えてくれなかった。それなら、直接ジョミーに聞くしかない。しかしジョミーはそれには答えず、含み笑いをして鉄格子の入った部屋を見渡した。
「ここはね、ブルー。僕の祖父がある女性に懸想して、その女性を閉じ込めて陵辱するために建てられた館なんですよ。だから、どんなに逃げ出したくても、逃げ出せないようなつくりになっている」
その言葉に。ブルーは危険なものを感じて、一歩後ずさった。
「誰も来ないような場所ですから、大声で叫んでも誰にも届かない。助けは絶対に来ないという状況下で、その女性がどんな気持ちでいたのか…。興味はありませんか?」
ジョミーの瞳が鈍く光った。
「ジョ…!?」
ジョミーが大またで部屋を横切り、こちらに向かってくるのを呆然と眺めていたブルーだったが、自分の両手首をひとまとめにしてソファの背に縫い付けられるように固定されるのには慌てた。
「ジョミー、やめろ、何を…!」
「この館は早々に取り壊そうと思っていたのですが、美しく成長したあなたを見ていると残しておいてよかったと思いますよ」
そう、狂気に満ちた声でささやかれるのに、ブルーは全身があわ立つのを感じた。
3へ
ああああ〜! 『2』でURA入りするはずがぁ…!! すみません、次の『3』は、間違いなくURAに入りますっ!! |
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