「私ができるのは、せいぜいここにいて事象を見守ることだけ。だんだんと悪魔教にのめりこんでいく王を止めることはできませんでした」
その言葉にはっとした。
「あれは…やはり…」
五芒星を逆さにしたあのしるしは、やはり悪魔教のシンボルだったのだ。フィシスはゆっくりとうなずいた。
「あなたにはすべてを知る権利があります。長い話になりますが、聞いてもらえますか…?」
…権利…?
その言葉には首を傾げたが、ここで何が起こっているのか、自分はいったい何に巻き込まれているのか、知りたいと思っていたから、フィシスに「構わない」とだけ返事をした。
「…始まりは、15年前でした」
フィシスはそっと話し出した。
「王はキツネ狩りの途中、怪我をされたそうです。私は小さかったのでよく分からなかったのですが、大変な怪我だったようです。その山中、王は≪グランド・マザー≫という悪魔教の伝道師に助けられたのだそうですが、≪グランド・マザー≫は、怪我をたちどころに治すだけでなく、未来に起こることもぴたりと予知できる力を持っていたそうです」
「15年…前?」
先ほども聞いた言葉だが、その年数が何を意味するのか分からず、首をかしげるしかない。15年前といえば、自分はまだ5,6歳、かすかに記憶はあるが、何かあったという記憶もない。
「ブルー、落ち着いて聞いてください」
…何の、話だろう?
フィシスのただならぬ様子が感じられて、自然と緊張が走る。
「私が、あなたがすべてを知る権利があると申し上げましたのは、あなたのお父様は、犯してもいない罪を着せられて殺されたからなのです。かつて、オリジン大臣が謀反を起こしたというのは、王の作り話だったのです」
その言葉に、声も出ないくらい衝撃を受けた。だが、片方で納得するものもあった。
何かの間違いだ。
最初にシン低で父が謀反を企てて失敗したという知らせを聞いたときに、最初に思ったのはそれだった。実直であった父が、そんなことをするはずがない。そんな大それたことを考えるはずがない、と。
やっぱり…そうだったんだ…。
王女であるフィシスがそうはっきり断言するのだ。ウソではあるまい。
「…ですから、あなたを赦すとか赦さないとか、そんな話には決してならないのです。私たちこそ、あなたにお詫びしなければいけません。事実をお知らせするのがこんなに遅くなってごめんなさい。いえ、大切なあなたのお父様を死なせてしまって…」
ごめんなさい、と消え入るようにわびて。フィシスは顔を伏せた。彼女の足元に、ぽたりと何かが落ちる。
「…王女殿下…」
「いえ、私はあなたに王女と呼ばれる資格がありません」
顔を伏せ、頭を下げたままフィシスはそういってきたが、彼女に対する憎しみはまったくわいてこない。そもそも、事件の起こったとき、フィシスはまだ年端の行かぬ幼女であったはず。そんな企てに加担できるはずもない。
「あなたは何もしていない。あなたを恨めようはずがない」
「ブルー…」
ふっと顔を上げた彼女の閉じられた目からは、透明な涙がほおを伝って落ちた。
「では…教えてくれないだろうか。なぜ父は殺された? 当時のことを考えても、父を殺して得になるようなことがあったとは思えない」
「それは…」
その途端、バンと音を立ててドアが開いた。
「おやおや、王女殿下。性懲りもなくこんなところまでお運びなのですか?」
例の、腰ぎんちゃくの男がにやにや笑いながら部屋の中に入ってきた。自分よりも強い人間には弱気になるのに、逆の場合にはとんでもなく横柄になるタイプらしく、すでに言葉遣いからして違う。もはや、最初のときのように、それでも少しは繕おうとするところさえ見受けられない。
フィシスはさっと涙をふくと、男に向き合った
「ブルーを開放しなさい、今すぐに」
そして、凛とした声で命じたが、男は嗤っただけだった。
「殿下、あなたこそさっさとここを出て行かないと、陛下からお叱りを受けますぞ?」
「私に命令する気ですか…!」
「私はお父上の意向をお伝えしているだけです。そんな大それたことを考えているわけではありませんよ? 無論、殿下は私に従う必要などありませんが…あなたがここにおられる姿を見たらどう思うのか、よくお考えになったらいかがですか?」
くくく、と不快な笑い声を立てる男を、フィシスは黙って見つめていた。こちらには背を向けているので表情は伺い知れないが、心の中ではとても腹立たしく、そして悲しい思いをしているだろうことは推測できた。
そのとき、再びドアが開いた。
「陛下」
「お父様…!」
二人の声が重なった。
「ええい、何をしておる! 二人とも出て行け!」
そして、入ってくるなり憤怒の表情で二人を怒鳴りつけた。
「も、申し訳ございません…! ですが、私めは王女殿下にここから出て行くよう諭しておったところなのです。決して陛下のお邪魔をするつもりは…」
「いいから早く出て行け…!」
相当機嫌が悪いらしく、責任逃れをしようとする男を怒鳴りつける。
「は…っ、では殿下、参りましょう!」
触らぬ神にたたりなし。男はフィシスの腕をつかみ、部屋を出ようと戸口に向かった。もう、王女に対して形だけの礼儀さえ取る気がないらしい。王もそれをとがめようともしない。
「待って…! ブルー、気をしっかり持って! どうか希望を捨てないで…!」
男に引きずられるように部屋を出て行くフィシス。彼女は去り際、そう叫びながら…ドアの向こうへ消えた。
室内は、再び二人だけになる。王はゆっくりとこちらを向き、天幕の布を押し上げた。好色な顔がのぞく。
「…娘から何を聞いた…?」
…父を落としいれ、殺した…男。
今は恐怖よりも、怒りのほうが勝っていた。
「昔のことを」
何を聞いたのか、見当がついただろうに、王の態度はまったく変わらない。
「ほう? さしづめ、父君の謀反のことかな」
それどころか、ブルーの反応を見るように楽しそうに笑う。後ろめたさのかけらもないその態度に、かっとした。
「なぜ…! どうしてそんなことを…!」
タイミングが悪く、フィシスから聞けなかった。ならば、当時の当事者を問い詰めるよりほかがない。だが、アドスは話してくれる気配はなさそうだった。にやりと笑うと、ブルーの羽織っている上掛けをさっと取り上げた。一糸まとわぬ姿がさらされる。
「や…っ」
反射的に身体を丸めようとしたが、アドスはそれを許さず、手元を捜査してブルーの両手を戒めている鎖を頭上で固定した。
「何を…っ!」
「何を? さっきの続きをしようと思っただけだが?」
言いながら、今度は両足首を持ち、それを大きく広げた。
「よい眺めだ」
「!!!」
足を引こうとしたが、びくともしない。それどころか膝を折られ、さらに大きく足を広げられる。
「父親の仇に嬲られる気分はどうだ?」
さらに追い討ちをかけるような言葉に。
…はらわたが煮えくり返るとは、このことかと思った。
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で、再びウラ入り。短い春でしたなぁ…。(ついでに短くてスミマセン…)
Diaryはもう少しあとで更新しますので、もうちょっとお待ちを〜! メルフォや拍手でのコメント、本当にありがとうございました!!(と、この場を借りてお礼をば…) |
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