「処分を取り消してください!」
職員室に、いつもは穏やかな学級委員の怒鳴り声が響き渡った。それに対して教師のハーレイは渋顔を作っている。
「…事情は分かった。ジョミー・マーキス・シンは、急いで君を送るためにバイクで暴走行為をしたということは。だが」
もう、決まってしまったことだから、とつぶやかれるのに、ブルーは視線を落とした。
聞けば、運動会の当日に付近の住民から学校に苦情があったらしい。そちらの高校の制服を着た生徒が、二人乗りのバイクで暴走行為を働いた。バイクを運転していた生徒はヘルメットすらしておらず、危険極まりない行為だった、と。良くも悪くもシンは目立つため、『バイクを運転していた生徒』はすぐに特定されたのだ。
翌日、ハーレイはシンを呼び出して問いただしたらしい。住民から寄せられた苦情が、シンのことなのか。本当に苦情にあった暴走行為を行ったのか。
このときのシンは、相変わらず人を食ったような態度だったそうだが、彼は素直に非を認めた。確かに運動会の終わったあと帰宅する際にバイクを使った、スピードはどのくらい出したか分からないが、制限速度の倍は軽く超えていた、と。
けれど、暴走行為の原因については決して話そうとはしなかった。二人乗りの片割れについても。
「…それが君だったとは、思いも寄らなかったが」
ため息をつくハーレイを、ブルーはきっとして見上げた。
「確かにシンはバイク通学をして校則を破った。それには相応の処分が必要だろうが、先日の暴走行為は僕のせいだ。シンひとりが悪いわけじゃない。シンが退学処分だというのなら、僕だけが何の咎もなしというわけにはいかない」
「…しかし…」
ハーレイは困ったようにため息をついた。
「処分があれば内申に響く。君は優秀な生徒なのだから進学が…」
「今、そんなことはどうでもいい。それとも同じことをしていても、素行の悪い生徒は処分されて構わないが、優秀な生徒は進学に影響するから処分されると困るとでも? 学校の評価が落ちるとでもいうのか?」
さすがにハーレイの顔色が変ったが、そんなことに構っていられない。
「シンは、あの日行方不明だった妹を見つけてくれて、妹をストーカーしていた犯人も捕まえてくれた。感謝状だの表彰状だのという話が出たくらいだ、警察署や消防署に確認してもらえばすぐに分かる」
暴走行為を差し引いても、おつりがくると思うのは、シンに対して負い目があるからかもしれないと、ちらりと思った。なぜなら。
…僕は彼に礼ひとつ言っていない。お金も返さなければいけないが、何よりも、いつも小言ばかり言っていて、素直にシンと話をしたことがない。
「…分かった。彼の退学処分は取り消す方向で話をしてみよう」
そういわれるのにはほっとした。
…たとえ、もうほかの高校に転校が決まっていたとしても、自主退学と懲戒退学では行ってくるほど違う。転校先の高校のイメージもよくなるだろう。
…さびしいけれど、仕方ない。あれから二週間だ、さすがに学校にも通わず家でぶらぶらしていることはないだろうから。
クラスメイトとしてではなく、次は友達として会えればいい、と。そう思ってブルーは職員室をあとにした。
その日の夕方、ブルーはハーレイから呼び出しを受けた。大方、シンの退学処分を取り消すという話だろうと思っていたが、やはりそうだった。
「警察署に話を聞いた。君の妹を見つけたのも、君の妹に付きまとっていた男を捕まえたのも、年格好、背格好からしてジョミー・マーキス・シンに間違いなさそうだ。それなら、その功績に免じて退学処分は取り消そうという話になった」
ブルーは黙って頭を下げた。
…君がしてくれたことには到底及ばないが、それでも少しは役に立ったかな、と。そんな風に考えていると、ハーレイが「だが」とため息をついた。
「シンと連絡がつかんのだ。こちらに言い置いていった電話番号には使用されていないという応答ガイダンスが流れるし、公立の学校にジョミー・マーキス・シンという生徒はいない。私立もすべてあたってみたわけではないが、どうやらそんな生徒はいないらしい。あとは海外へでも行っているかだが…」
その言葉には愕然とした。
どう…いう、ことだ? あのときの金はまだ借りたままだし…。
『差し上げるといっているじゃないですか』
不意にフラッシュバックする、夕日を背にした、シン。その姿にはっとした。
そうだった…こんな大金はもらえないという僕に対して、彼は一度も了解の返事をしていないんだ…。
職員室から出て廊下を歩きながら外を見た。何か違和感がある。こんなときなのに、それがひどく気になって目を凝らして。
原因が分かった。
はるか遠く。学校から見える軍港が、ひどく黒ずんで見える。いや、これは火事か何かで炎上したと見るほうが自然だ。
…そういえば、ホテルのテレビで、軍港で爆発が起きたとか何とか言っていたか…。
そんなことを今さらながらに思い出す。あれは火事の翌日だった。いや、ニュースは翌日だったが、爆発自体は、あの火事の日に起きたのだ。
…そんなことはどうでもいい。単に自宅の火事と軍港の爆発が同日に起きただけだ。
ブルーは再び視線を前に戻すと、ゆっくりと歩き出した。
火事はもう遠い日のことに思えるのに、なぜだか君の笑顔はついさっき見たかのように目に浮かぶ。ちょうど日が落ちかけているせいだろうか。思い出すのは火事のあと、初めて参加した運動会が楽しかったと笑ったときの笑顔だ。
あのときは、運動会がはじめてなんてありえないだろうと思った。あれだけの活躍ができて、みなの人気者になるくらいだ。人をからかうのもいい加減にしろと。
そんな軽口くらいは叩いてやろうと思っていた…のに…。
そこまで考えて、ブルーはぐっとこぶしを固めた。
「…何が『差し上げる』だ…」
こっちとしては、借りっぱなしというのは気分が悪い。借りがあれば必ず返す、今まで誰からも情けを受けたことがない。それは今までたったふたりの兄妹で生きてきた誇りだった。
…探してやる。興味があるだの、収穫だのと好き勝手なことをほざいた上に、デートだ何だと言うだけ言ってさっさと消えるような奴には、きちんと人に対する礼儀を教えておかなければ。
もうブルーの頭の中には、シンと素直に話そうとかシンに礼を言おうと思っていたことなどすっかりなくなってしまっていた。
その様子を影から眺めていた人影がふたつ。
「…意外にしつこそうだね。僕、釘刺しとこうか」
「やめておけ。ああいうタイプは、邪魔が入れば余計にムキになる」
「そう…かなあ?」
9へ
てなわけで、ブルーもただでは起きません♪ とはいえ、どこから探すのか…。それにしても、ナゾのふたりですが、このあとはどうなる…?? |
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