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      ブルーはジョミーの遺言により城に戻ったものの…以来、結婚どころか笑顔さえ失った王子に周囲は原因が分からず困惑した。だがブルーは何も語らず、王族としての責務以外は何もしようとせず。…そのまま時間が止まったような3年間が経った。
 父王は、息子に時期国王としての自覚を持ってもらおうと画策し、国王のみが会うことが許されるという王室付きの占い師に引き合わせると言い出した。
 『お前が何を言おうと、今日は同行してもらうぞ』
 まわりは知るよしもないが、王室付きの占い師フィシスはブルーにとってはもっとも会いたくない人物だ。そのため、何かと理由をつけて城に留まろうとしたのだが、それはもう許されないと断言された。
 そして、3年前に訪れたこの家の前に立つことになったのだが…。
 そこは何一つ変わっていなかった。王室付きという割には粗末な家構え、古いがこざっぱりとしている室内。
 「いらっしゃいませ、陛下」
 そして、その家の女主人も。フィシスは3年前とまったく変わらぬ童女めいた笑顔を浮かべて二人を迎えた。
 「これは、私の不肖の息子でな」
 「存じております。聡明であられるとよく耳にいたします」
 そう言うと、フィシスは微笑みながらこちらへむいた。
 「はじめまして、ブルー王子殿下。どうぞ、こちらへ」
 澄ました表情で声をかけてから、フィシスは深々とお辞儀した。中はまったく変わっていなかったのだが、ただひとつ、違和感のあるものが置いてある。
 …子供用の椅子?
 小さい子どもが食卓につくためのハイチェアーだった。それが部屋の隅に置かれている。
 以前ブルーが座った場所に父王が座り、フィシスが変わらずその前に座る。その間ブルーはただ黙って立っていたが、ふと視線を感じて頭を巡らせて…綺麗な緑色の瞳とぶつかった。
 …あれは…。
 その印象的な瞳を見忘れるはずがない。ブルーが口を開きかけたところへ、フィシスが「あら」と声を上げた。
 「そんなところで覗き見していないで、こちらへいらっしゃい」
 そういわれると、小さな影は戸惑ったように一度引っ込んだが、次にはごめんなさいとつぶやいて戸口に姿を現し、ブルーを気にしながらもフィシスの隣までやってきた。
 「失礼いたしました。今日は珍しいお客様がいらっしゃったので、つい好奇心を押さえられなかったようですわ」
 短く癖のある金髪に、輝かんばかりの緑の瞳。まるで、あのときのジョミーがそのまま小さくなったような姿に、ブルーはただ目を丸くして見つめているしかなかった。
 「ジョミー、フィシス様のお手伝いはきちんとできているのか?」
 だが、父はこの子どもの存在は知っていたらしい。さらにその呼び名にも驚いて、ブルーはただひとり呆然として事の成り行きを見守った。
 「はい、こくおうへいか」
 王から声をかけられて気後れするどころか、少々噛みながらもはきはきと答える子どもに、父王は笑った。
 「フィシス様は、ジョミーには素質があるという。私も期待しておるぞ」
 「ありがとうございます」
 今度はにっこりと笑いながらちょこんと頭を下げる。その様子を、ブルーはぼんやりと見つめていた。フィシスや父王に聞きたいことは山のようにあったが、今はどの問いかけも出てこない。
 ジョミーが…いる。それだけで、胸がいっぱいになってしまう。
 「あの…子どもは…」帰りの馬車の中。
 「ああ、あの子はフィシス様が自分の後継者にと2、3年前にどこかから引き取った子どもらしい。あの方が引退などと言い出した日には驚いたが、確かに年齢はそれなりにとっていらっしゃるからな」
 もしかすると、お前が王になるときには、あの子どもが王室付きの占い師となっているかもしれないな。
 そう言われてブルーは黙り込んだ。
 後継者? それはにわかに信じがたいが、あの子は確かにジョミーだ。どこがどうなって、ジョミーがフィシスの傍にいるのか分からないが…。
 「…忘れ物をしました」
 こんな理由しか思いつかない自分が情けなかったが、あそこに戻らなければいけない。さっきはあまりの出来事に頭がついていかず、ただぼけっと突っ立っていることしかできなかったが…。
 案の定父王は怪訝そうな顔をした。
 「忘れ物?」
 「剣を…あの場に置いたままで…」
 「剣なんぞ持っておったか? まあいい、後で従者に取りにやらせよう」
 「いえ、今行ってきます!」
 そう言うと、父の止める暇も与えず、ブルーは御者に馬車をとめるように指示し、馬車が止まるか止まらないかのときに、ドアを開けるとそのままひらりと外に出た。
 「ブルー!?」
 「陛下は先にお戻りを…! 私は一人で帰ります…!」
  走って戻ったせいで、フィシスの家の前に到着したときは息切れがひどかった。それでも、息を整える時間など惜しく、ドアをノックしようとしたのだが。「…おうじさま?」
 納屋から小さな影が現れた。緑の瞳を大きく開き、こちらを見つめている。
 「ジョミー…」
 だが、その名を呼んだだけで胸が熱くなって、それ以上言えない。その様子に小さなジョミーが戸惑いながら近づいてくる。その顔が訝しげにしかめられ、次には困ったように首を傾げられた。
 「かなしいこと、あったの? それとも、つらいこと?」
 そういわれて、自分が涙を流している事実に気がついた。この子はそれを気にかけているらしい。
 ブルーは首を振った。
 「…いや」
 「じゃあ、いたいところ、あるの?」
 言いながらジョミーはブルーの手を取ってさすり始めた。左の手を怪我しているとでも思ったのだろうか。
 「…ありがとう。でも、悲しいわけでも痛いわけでもないんだ。ただ…嬉しいんだよ」
 「え…」
 突然ブルーの腕に抱きこまれた子どもは慌てた様子だったが、暴れることもなく大人しくされるがままになっている。
 子ども特有の高い体温を感じながら、あのときに凍りついた心が溶けていく感覚に、ひたすら酔いしれた。
 「ほんとうに…うれしいの?」
 その声に、改めてきょとんとしている子どもを見つめる。どうやら、このジョミーにはあのときの記憶はないようだ。それでも、ジョミーが存在する。
 …それだけで、いい。
 「そうだよ。君があまりにかわいいから」
 「ほんと?」
 嬉しそうに微笑む子どもに、つい…気が急いてしまったらしい。
 「あのね、ジョミー。僕は、ジョミーのことがかわいくて好きなんだ。だから、ジョミーがもう少し大きくなったら、僕と結婚しよう」
 …こんな年端も行かぬ子どもにする話ではないだろう。しかも、ブルーにとっては子ども相手の冗談ではないのだからなおさらだ。
 「え…でも…」
 突然のプロポーズに、ジョミーは目を丸くして戸惑い、嬉しそうな顔をしたかと思うと、次にはしょんぼりとうなだれた。
 どうしたんだろうと思っていると…。
 「ジョミー、フィシスさまのおてつだい、しなきゃいけないから」
 そんなことを真剣な表情で訴えてきた。
 「そうですわ、私の大切な後継者にちょっかいを出さないでいただけませんこと?」
 「フィシス様!」
 それと同時に涼しげな声が聞こえてきた、ジョミーの表情がぱっと明るくなる。その反応に…自分に対する態度とは微妙に違う嬉しそうなジョミーに、つい嫉妬しそうになってしまう。
 「それに、王子殿下に立ち話をさせるわけにいきません。どうぞお入りになってくださいな」
 フィシスには、ブルーが戻ってくることは完全に分かっていたらしい。ドアを開き、中に入るよう促された。
 
 「あの子は、ジョミーからもらい受けた対価の瞳と声、それから心を宿した子どもです。完全なジョミーの生まれ変わりと言うわけではありません」
 フィシスからはそんな説明を受けた。ジョミーは薬草を摘みにいっているため、ここにはいない。
 「記憶はキースとともに葬られましたので、ここにいるジョミーはジョミーであってジョミーではない、ということになります」
 「それがなぜあなたの後継者なのだ?」
 そう、それが一番の問題だ。
 ジョミーと自分との関係はフィシスが一番よく知っているのだから、ジョミーがこの世に生まれ直しているということを知らせてくれてもよかったはずだ。いや。
 ジョミーが生まれ直すとなれば、それは自分の花嫁になるために決まっているのだから、将来占い師になるなどという話にはならないだろう。
 「あら。私ももうトシですし、ジョミーは本当に筋がよいのです。この国の王妃としてだなんて、もったいないと思いますわ」
 そんなことをいけしゃあしゃあとのたまう王室付き占い師にむっとしたが、ここではジョミーの養母となる彼女と言い争うなど論外だと思い直して、「王妃もいいと思うけどね」とだけ言っておいた。
 外に出ると、悩みながらも薬草を分けているらしいジョミーがいた。
 「熱心だね、ジョミー」
 「あ、おうじさま!」
 ジョミーはブルーの姿を認めると、嬉しそうに笑う。
 「ジョミー、王子様はやめてくれないか?」
 「どうして?」
 「だって、僕は君にプロポーズしただろう? 結婚すれば、君は僕のことを名前で呼ぶことになるんだよ?」
 「でもぉ…」
 こんな小さくても、身分の違いはしっかりとわきまえているのか、ジョミーは困ったように考え込んだ。
 「ジョミーは僕のことが嫌い?」
 「そんなこと、ないけど…。おうじさま、キレイだし…」
 ぶつぶつとつぶやいていたジョミーだったが、思い切ったように顔を上げた。
 「それにジョミー、フィシスさまのおてつだいをしなきゃいけないから…」
 …どうもジョミーが引っかかっているのはこれらしい。
 まったく…! あの占い師は、刷り込み教育が上手い。
 「ジョミー、僕と結婚してもフィシスのお手伝いはできるんだよ?」
 「え…ほんとうに?」
 しかし、そういってやれば、ジョミーはぱっと顔を輝かせた。
 「あら。まだお帰りではなかったのですか」
 だが、タイミングよくフィシスが外に出てきた。言外に、さっさと帰れと言っているようだ。
 「フィシスさま!」
 …やはり、今のジョミーの絶対者はフィシスらしい。その信頼に満ちた笑顔が何よりの証拠だ。
 …でも諦めるものか。
 ブルーはその光景に、ひそかに誓った。
 この3年間、ここに来るのが辛いからと寄り付きもしなかった自分も悪いが、まだ時間はある。フィシスが刷り込んだ3年間分を、いずれ覆してやる…!
  このとき。3年前に止まった時間が動き出したのだった。 完結
   
      
        | 完結でっす! でも、ちびジョミーって女の子? 男の子? ブルーにとってはどっちでもよさそうですが♪それにしてもこの話、一番黒いのはフィシス様というものだったのかも! |   |