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   「さあ、着いたよ。」ずっとブルーの胸にしがみついていたジョミーは恐る恐る顔を上げた。重層な王城が目の前にそびえ、ジョミーは目を瞠った。
 「…すごい…。」
 どうやら、遠目に城郭を眺めたことはあっても、近くで見るのはこれが初めてらしい。
 「そろそろ舞踏会が始まるようだな。」
 すでにほとんどの招待客はホールに入ってしまっているらしく、門の周りには門番以外誰もいなかった。だが、そういった途端、かわいそうなくらいジョミーがびくんと身体を震わせるのが分かった。
 「王子様、僕は…。」
 「心配いらない。ドレスも靴も用意してある。」
 「そうじゃなくて…。」
 「君は何もしなくても綺麗だ。これでドレスを着て首飾りでもつければ、さらに美しくなることだろう。」
 ジョミーは緑の瞳をさまよわせ、困ったようにうつむいてしまった。その様子を、ブルーはただ照れているのだと判断して、ジョミーを抱いたまま場内に入った。
 「メイド頭に話はつけてある。僕の花嫁を誰よりも美しく着飾って欲しいとね。」
 「え…っ!?」
 ジョミーは驚いてブルーを見つめた。その瞳には、怯えの色が見える。
 「事情は話してある。君の身体が男の子のものだということも言って聞かせてあるから、そんなに心配しないで。」
 「で…でも…。」
 何か言いたげなジョミーに微笑みかけ、ブルーはある部屋のドアを開けた。
 「お帰りなさいませ、殿下。」
 部屋の中にはメイド頭と思しき年配の女性と、若いメイド二人が頭を下げていた。
 「遅くなってすまない、エラ。昨日話していたジョミーだ。」
 エラと呼ばれたメイド頭は、薄汚れた服を着たジョミーを見てもまったく動じた様子はなかったが、二人の若いメイドはあからさまに眉をひそめた。
 「承知しております。では、殿下はホールに向かってください、もう舞踏会が始まる時間です。」
 「でもジョミーが…。」
 「王女様には…。」
 エラはそう言ってからジョミーを見遣ってコホンと咳払いした。
 「…王女様には着替えをしていただいてから、舞踏会に出席していただきます。…まずは湯浴みが必要のようですから。」
 それなら仕方ない、とつぶやいてから、ブルーは抱き上げていたジョミーを下ろした。
 「では、先に行って待っているよ。」
 「あ、あの、王子様!?」
 ジョミーは慌ててブルーのマントを掴んだ。けれどその自分の動作に驚いたのか、ジョミーは真っ赤な顔をして手を離した。
 「何も不安なことはないよ。ここは僕の城だから。」
 安心して、と言い聞かせながらジョミーの髪を撫でた。ほんの少し、ジョミーの表情が和らいだ。知らない場所であるせいか、心配そうな表情を浮かべているジョミーを見ていると、このまま抱きしめたくなるほどだったのだが。
 「殿下…!」
 メイド頭の苛立った声に、ブルーはやれやれとため息をつきながらジョミーを見つめた。
 「…分かった。ではジョミー、またあとで。」
 そう微笑んでから、ブルーは舞踏会の会場に向かった。
 さぞかしジョミーは美しく着飾って会場に現れることだろう。そんなことばかり考えて…正直浮かれていた。
  だが、舞踏会が始まって30分以上も経つというのに、ジョミーは現れなかった。様子を見に行かせた家来も戻らない。…一体どうしたのだろうか? 湯浴みが必要だといっていたから、時間がかかっているだけだろうか。こんなときの女性の支度にどのくらい時間がかかるか分からないが、待っている身としてはそれが長く感じられてしようがない。
 『くくく…っ』
 そのとき、誰かの笑い声が聞こえたような気がした。その下卑た響きに、ブルーははっとしてまわりを見渡したが、それらしい人はいない。
 気のせいか、と思って椅子に座り直すとまた声が聞こえてきた。
 『これはこれは…。人のいい王子もいたものだ。あの娘は貴様を利用しようとしているだけだとなぜ気付かない? 魔法さえ解ければあの娘は自由になる。そうすれば、自分を満足させてくれる男を捜すことができるのだからな。ろくに女を抱いたことのない貴様では、あの娘は満足しないぞ…?』
 今は夢を見ているわけではない。それなのに、あのときの夢と同じ声が響いてくる。再びあたりを見渡せば、楽しげに談笑する着飾った女性たちの姿が目に入ってくる。
 …一体、誰だ…?
 不愉快な低いささやきに、苛立ちは募る一方だった。
 『私は同情心から貴様に忠告しているのだ。何なら、娘を見に行ってみるがいい。一体何をしているのか、その目で確かめるがいい。』
 …何をしている…って、メイドに手伝ってもらいながら身支度を整えているのだろう。
 そう心の中で反論したが、ささくれ立った心はどうにも収まりそうになかった。
 「…か、殿下!!」
 ふと。正体不明な声を遮るように自分を呼ぶ声に、はっと目を上げた。見ると、ハーレイがいつものように苦虫を噛み潰したような顔をして立っている。…不快な声はもう聞こえなかった。
 「…ハーレイか。なんだ?」
 その様子に…ほっとした。いつの間にか握り締めていたこぶしを開くと、じっとりと汗がにじんでいたのが分かった。
 「なんだではありません…! どうなさったのですか、先ほどからぼんやりなさってダンスさえ踊らないではありませんか…!」
 またか、と思った。だが、普段と変わらぬハーレイの口うるささにほっとする自分がいた。
 「…そんなことか。」
 「そんなことではないでしょう! あなたと踊りたがっている姫はごまんといるのですぞ!」
 ハーレイが視線をやったその先には、期待に満ちた視線を送ってくる美しいドレス姿の女性たちがいる。
 「…踊るだけ無駄だ、もう僕の心は決まっている。」
 「では、その意中の姫と踊ればよろしいでしょう! これでは、集まっていただいた姫君方にも失礼です!」
 「…そうか、そうだな。」
 ブルーはそう言うと、席を立った。
 「では、迎えに行ってこよう。」
 「はあ?」
 ブルーはブーツのかかとを鳴らすと、ハーレイを無視して歩き出し、会場を後にした。あとには、呆気にとられたハーレイだけが残された。
  …エラは手馴れたメイド頭だ、いくらジョミーを着飾るといっても、こんなに時間がかかるはずはない。もっと早く迎えに行くべきだった。そう反省しながら廊下を歩いた。
 着替えの途中なら、廊下で待っていてもいいんだし、何といってもホールの中では退屈なことこの上ない。
 ふっと謎の声が言ったことが思い出されたが…。そんなはずはない、ジョミーに限ってそんなわけはないと打ち消した。
 やがて、ジョミーのいる部屋の付近まで来たとき、廊下に誰か倒れているのが目に入った。
 「…? どうした!」
 駆け寄ってみると、それがジョミーの様子を見に行かせた家来だと分かった。
 …一体何がどうなっているんだ…?
 何かがおかしい。今頃気がついたが、この辺は暗すぎる。急いでジョミーのいる部屋をノックしようとして。中からくぐもった声が漏れ聞こえていることに気がついた。
 …なんだ…?
 ブルーの中の何かが警鐘を鳴らす。見てはいけない、知ってはいけない。ここから即刻立ち去るべきだ。しかし、何かの呪縛を受けたように足は動かず、声すら出せない。
 ああ…。
 部屋の中から聞こえたジョミーの吐息に、どくんと心臓が脈打った、
 ブルーは、ドアのノブに手をかけ。ゆっくりとドアを開いた。
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        | すんません! このあとがURAです!なんだか前座に尺を取りすぎたような…。(汗) |   |