…何度思い出しても恥ずかしい…。
それは、ホテルでの情交ではなく、パーク内のこと。ホテルでのことは…あれはシンと自分しか知らないのだから考えないことにするにしても…パーク内をあんな恥ずかしいものを頭につけて歩いてしまったということに、腹立たしいやら情けないやらで、脳みそが沸騰しそうな気分になる。
裏返った答案用紙を眺めながら、ブルーははああっとため息をついた。
…シンの口車に乗せられた僕が悪いっていえばそうなんだけど…。
「では、始めてください。」
ふと聞こえた、教壇に立つ温厚そうな老教師の言葉にはっとした。
そうだった、今は物理の試験…!
まわりが答案用紙をひっくり返し、一斉に鉛筆を走らせている中、一呼吸分遅れてからブルーは答案をめくった。が、その途端、動作が止まる。
「…うそ…。」
なんと、シンの張ったヤマがほぼ当たっているのだ。すべてではないが、8割から9割程度。嬉しいような、あまり嬉しくないような…。まさか、いくら生徒会長だからといって前日に、しかも教師に手を回してまで試験問題を作ることなどできないだろうから、あれは単純にシンの経験による的中率の高さによるものだろう。
だが、鉛筆を走らせようとして、そのときにされた『罰ゲーム』まで思い出してしまい、今度は思いっきり赤面することになってしまった。
い、今は試験に集中しなきゃ! あんなエロ会長のことなんか考えている暇は…!
しかし、そう思えば思うほど、ジョミーの息遣いや胸板の感触が思い出される。優しい微笑み、そして芸術品のような指が…。
わああああ!
声にならない叫びを上げて、ブルーは机に突っ伏した。
わ、忘れなきゃ! だって…この試験の結果が出たら…。
『ブルー、明日の試験の結果が出たら、報告においで。答案用紙を持ってね。』
別れ際、さわやかな笑顔を浮かべてそんなことを言っていたシンを思い出す。
『ど、どうして…』
声が上ずってしまったのは、嫌な予感を覚えたからに他ならない。
『教えたほうとしては、どんな結果になったか興味があるからね。それに、基礎だけでなく、間違えた部分をもう一度教えなおしてあげなきゃいけないし。今度は別のホテルがいいな。』
『い…っ、いいです、結構です!!』
ホテル…ということは、またあんな教え方になるのか!?
『遠慮するものじゃないよ。それに、もし君が来てくれなかったら、僕が中等部の君の教室に行かなきゃいけないな。』
『だ、ダメ!!』
冗談じゃない。この人が中等部の教室に現れた日には、女子生徒からは針のような視線が飛び、男子生徒からは不審なものを見るような目でにらまれてしまうだろう。
そう思って思いっきり首を振ると、シンはゆっくりとうなずいた。
『じゃあ来てくれるんだね。結果が分かったその日の放課後、生徒会室で会おう。』
そんな一方的な約束を取りつけられた以上、悪い点を取るわけにいかない…! 成績がよくなかったら…またホテルでなんて…。じ…冗談じゃ…ないっ!
そんな叫びたくなるような心をなんとか鎮めて。
ようやく問題を読むことができた。
その一週間後。ブルーは高等部生徒会室前に立っていた。
今日までの間にシンから何らかの接触があるかと思っていたが、拍子抜けするほど何もなく、試験の結果発表日を迎えた。上位10位までは名前が張り出されるのだが、物理では今回初めてその中に入ることができたのだ。
「3位、か…。」
よい成績をとってもあまり嬉しいと感じたことはなかった。更正プログラムを課されている手前、常に優等生に見せる必要があったし、いい子でいることイコール頭のいいことという方程式があったため、好成績を取るということは生活の知恵に近かった。しかし、今回は別だった。
…シンは、どういうだろうか…?
シンの反応を想像して、何となくくすぐったいような気分になる。
自分の教え方が上手いと自画自賛して、じゃあもっと教えてあげようなどと言い出すのか…。それとも、筋がいいとでも誉めてくれて、やはり次は別の場所で別の方法で…などと言い出すのだろうか…。
自分の空想に頬を赤らめながら、慌てて首を振ってそんな考えを振り払う。
とにかく…。シンが来たら、落ち着いてこの答案用紙を渡せばいい。それから、『3位です、義務だから報告に来ました』と、そう言って帰ってくればそれで終わりだ。
そんな風に何度も頭の中でイメージトレーニングをしているが、肝心のシンが来ない。生徒会室自体まだ開いていないのだ。
…今日はここに来ないのかな…?
そう思いながらふとまわりに目をやると、部屋の前に立つ中等部の生徒を高等部の生徒たちがものめずらしそうに眺めて行く様子が分かる。自分の考えに浸っていたせいで、今までまったく気がつかなかった。
…僕がこんなところにいると目立つし、そろそろ帰ろうかな…。
そう思ってきびすを返そうとしたそのとき。
「あら、いらっしゃい。」
鈴を転がすような声、というのだろうか。振り返ると、長い金髪の綺麗な女生徒が鍵を持って立っていた。
…この人は…。
彼女には見覚えがあった。テーマパークでシンの隣を歩いていた人だった。遠目で見ても美人だと思ったが、近くで見ても美しい人である。
「ジョミーに会いにいらしたのでしょう? どうぞ、お入りくださいな。」
『ジョミー』…。
そんな呼び方をしている人を初めてみた。この生徒会室で会ったリオでさえシンのことは『会長』と呼んでいたというのに。やはり、彼女はシンの『特別』らしい。
鍵を開けると、彼女は先に部屋に入って窓を開けた。
「どうぞ。ジョミーもそのうち来ると思いますわ。」
そういいながら、手招きをする。それにつられるように中に入ったが…。
どうしよう、と。そんな戸惑いばかりが強くなる。
この人は、シンと…どういう関係にあるのだろうか? シンは、この人は自分の片腕である副会長で、彼女に命じられると断ることができない、なんてことを言っていたけれど…。
改めて彼女をじっと見る。伏し目がちだが、文句なしに美人である。その彼女が、あ、と小さく声を上げた。
「そうでした、自己紹介がまだでしたわ。私はフィシスと申します、ジョミーの補佐である、高等部生徒会副会長を務めております。」
お辞儀まで優雅である。シンの口ぶりからは女傑というイメージがあったが、こうして目の前で微笑む彼女からは、『女神』という言葉が浮かぶ。
そんな風にぼんやり考えて、自分こそ自己紹介も何もしていないと思い至った。
「ぼ、僕は…!」
「ブルー…ですよね? ジョミーがよく話しています、頭がよくてかわいいと。」
にっこり笑ってそういわれるのに、かっと顔が熱くなる。
あ、あの人はこんな綺麗な人になんてことを…!
「そ、そんなことは…。」
「あら、謙遜なさらないで。それに、ジョミーが珍しく試験勉強を手伝ったというではないですか。あの人は、そういったことはあまりしないのですよ?」
「え…?」
…嬉々として教えてくれていたような気がするけど…っ。
「あなたは飲み込みが早くて、教えるのは楽しかったと。そういって笑っていました。」
…楽しかったのは勉強を教えるほうじゃないんじゃ…? と思ったが、口に出せるようなこととも思えなかったので、黙っていた。でも、彼女の微笑みが、何もかも分かっているような気がして、気まずくなって目を逸らしたその先に。
窓の向こう、校舎の後ろに続く雑木林にシンがいた。しかし一人ではない、数人の女子生徒に囲まれている。その女子生徒たちの顔といったら本当に嬉しそうに輝いている。その中で金髪のショートカットの女子生徒が親しげにシンの肩に触れた。
たったそれだけ。それだけなのに…ひどくショックを受けた。
…そうか、シンはモテるから…。
それは中等部の女子生徒を見ていて分かっていたはずなのに…。だが、中等部の女子生徒たちにとって高等部のシンは憧れの域を出ない。だから、シンに触れることができるのは自分だけだと錯覚していたと、そのとき初めて気がついた。
「…まあ、直談判ですわね。ジョミーの傍にいるのは、女子陸上部の部長ですわ。おそらくクラブ活動の補助金を増やせというお話なのでしょう。」
フィシス苦笑いしながらささやいたが、それさえ耳を素通りしていた。
…ここは、僕のいる場所じゃ…ない。
ブルーは緩慢な動作でかばんから二つ折りになった答案用紙を取り出した。
「…これ…シンに渡しておいてください。」
「ブルー?」
「もう…帰ります。」
「え…? ブルー、待って…!」
フィシスが立ち上がったとき、ブルーはすでに生徒会室を出て行った後で、もう後を追うこともできなかった。
…シンはかっこいい。長身だし、金髪碧眼の美形を絵に描いたような人だ。それに、頭もよければスポーツも万能。おまけにお金持ち…。多少変な性癖があったとしても、それですら少しの傷にならない…。
そんなことを考えながら、息切れがしてふと足を止めた場所で立ち尽くした。
ここ…どこ?
どこをどう走ってきたのか、気がつくとブルーは校舎敷地のどこかだろう林の中にいた。そのくらい…我を失っていた。だが、今はそれどころではない。
…早く帰らなきゃ、遅くなってしまう。どんなに落ち込んでいたとしても、明日は来る。さっさと帰って宿題をして予習もやって…。でも。
ブルーはぐるりとまわりを見渡して。
ここってどこだろう? 校舎はどっちの方向?
…途方に暮れた。転校したばかりのときも、シンに中等部まで連れてきてもらったと、余計なことを思い出してひどく落ち込んだ。
「とにかく…夕日があっちに見えるってことは…。」
ため息をひとつついてから自分でも怪しいと思う方向感覚を駆使して、帰り道を探そうと歩き出そうとしたとき。
後ろからぐっと羽交い絞めにされた。後ろを振り返る余裕すらない。
誰…っ!?
叫ぼうとしたが、ハンカチらしきもので口と鼻を押さえられて呼吸すらできない。それに。
…いやな…におい…。
吐き気さえ催すような匂いに意識は次第に遠のいていく。手足に力が入らず、自分の身体を捕まえている腕を外す努力すらできない。
自分を捕らえているのは誰か。なぜこんなことをするのか。そんな疑問すら、霞がかかったようにぼんやりとしてしまう。
苦しい…。助けて…ジョ…ミー…。
かくん、と身体から力が抜ける。それっきり。
ブルーの意識は途絶えていった。
20へ
と言うわけで、次は再びウラへ! また鬼畜萌えにご理解とご協力を…。(協力ってナニ!?) |
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