「先生、もうけがは大丈夫なの?」
2学期が始まった教室内。年中組の園児たちがわらわらと心配そうに駆け寄ってくる。
「うん、大丈夫だよ、」
先生が事故にあったということは全員に通知されたが、その詳細は伏せられた。僕が関わっていると知られると、僕が気まずくなるからというわけではなく、僕の家の名に傷がつくから、という理由らしい。
じゃあお歌を歌おうかと言ってから、先生はあ…と小さく声を上げた。
「…ゴメン、楽譜忘れたから今取って…。」
「先生、僕が取ってくる!」
先生がきびすを返そうとする前に、手を上げて走り出した。教室を出るときに、呆気に取られたトォニィに笑いかけてから、職員室に急ぐ。
こういうとき、職員室に入り浸っていると、どこに何があるのか分かっているから便利だ。先生の机から譜面の綴りを取ると、慌てて教室に戻る。
「はい、先生。」
「あ、ありがとう…。」
先生はと言うと、困った顔をしながらも楽譜を受け取った。
先生としては、僕が罪悪感から手伝いをしていると思っているようだけど、未来の奥さんに親切にするのは当然だもん! そんな思いを込めて、にっこりと微笑んで席に着いた。その途端、トォニィが恨みがましい視線を送ってきたけど、今度は見ないふりをしてやった。
僕は、神様なんか信じてない。けれどあのとき、先生の入院している病院へ一人で行ったとき、不思議なくらい邪魔が入らなかった。どこかで大人に見咎められるだろうと思ってそのための言い逃れも考えていたのに、そんなものは一切必要なかった。
あれを神様のお導きだとは思わない、そんなものは存在しないんだから。だけど、運命とか巡り会わせとか。そう考えるのなら信じてもいい。ならば…僕と先生の将来は約束されたものなんだ、と。都合のいい考え方かもしれないけれど、そう思うことにした。
「ブルー、いい加減にそのゴマすり、やめろよなっ。」
休み時間になったとき。先生のいなくなった教室でトォニィがこちらに詰め寄ってきた。
「ゴマすりって?」
「わざとらしい! さっきの先生のガクフ取ってきただろ。」
「ああ、あれ。」
あまりにも予想どおりの反応に、つい笑ってしまう。
「悔しかったらトォニィもやればいいだろ?」
「な、何だよ、それ…!」
「言葉のとおりだ。そんなに先生を僕に取られるのがイヤなら、トォニィだってやればいいだろ、ゴマすり。」
二人の間に流れる不穏な空気を察してか、教室中がこちらを遠巻きにしている。
「ジョウダンだろっ。誰がそんな…。」
「じゃあ黙ってみていればいいだろ?」
僕に先生を取られるのを。
「何だと…!」
トォニィがかっとしてこぶしを振り上げるのが見えた。腕力ではとても適わない。トォニィのほうが身体は大きいし、力も強い。
「君と喧嘩なんかする気はない。僕が負けるのは目に見えてるし、それに先生がここに来て喧嘩の理由を訊かれたらどうするつもり?」
その途端、トォニィがぐっとつまった。
卑怯だとは思ったけれど、それはお互い様だ。先生は絶対に渡さない、トォニィだろうが誰だろうが。
「先生、次何かすることある?」
お帰りの時刻が過ぎたあと。お残りしながらジョミー先生のお手伝いをするのが最近の僕の日課になっていた。
「ブルー、僕はもう大丈夫だから。どこも痛くないんだよ?」
先生は困惑顔でそう言う。
「だって、先生と一緒にいるの、すごく楽しいんだもん。あ、じゃあお夕食の準備するね! 今日は何作るの?」
先生の内心は何となく分かってる。自分のせいで事故にあったんだから、その罪滅ぼしをしたいと。僕がそう考えていると思っている。だから、ことあるごとにその必要はないと告げてくるんだ。
別にそう思いたいのなら思ってていいよ。それも全然ないわけじゃないから。
だけど、お帰りの時間のあと、こうして先生と一緒にいれば、同じ幼稚園の女の先生や保護者会のお母さんたちから先生を守ることができる。それが一番の目的。
先生は僕だけのものだから。
…浮気なんか、絶対させないからね…?
ホントに完結
黒園児のジョミー先生復帰後。何となく書き足りなくて、ちょっとだけ追加〜♪おお、黒い…天使の笑顔に悪魔の心。これだ…!私の目指していた黒園児は…! |
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