シャングリラ艦内の主だった人、つまり長老と呼ばれる人やブリッジクルーらに紹介がひととおり終わり、ジョミーは青の間に来ていた。
ソルジャー・ブルーの部屋だと言うこの空間を、ジョミーが見るのは実は初めてではない。トップ会談最終日、彼の人をマザー・コンピューターから逃がすために、遠隔透視を行ってテレポートによって送り届けたのがこの部屋なのだ。どういうわけか、透視したときには、いや当時は透視とは思っていなかったが、彼の人のいるべき場所となぜか思い込んでしまったところ、それはぴたりと当たってしまったらしい。
落ち着いた青を基調とした照明に照らされた室内は、満々とした水が張られた不思議な空間であり、私物もあまり見当たらないことから私室とは思えないところだった。
「疲れただろう。」
きょろきょろと室内を見渡していると、落ち着いた声がかかる。
「ソルジャー…。」
「まだ、ブルーと呼ぶ気にはならないかい?」
「またご冗談を。」
微笑みながら言う彼の人に、ついそう返してしまったら、本気なんだけどね、とつぶやかれた。だから、今度はそのまま聞き流すことにした。
「疲れてはいませんが、顔を覚えきれないような気がして…。」
「これから同じ船の中で暮らす仲間たちだ。ゆっくりと覚えていけばいい。」
彼の人にそう言われて、少しほっとした。
でも、最後に紹介された盲目の占い師。あの人だけは強く印象に残った。
美しく整った容貌もさることながら、優雅さと気品と落ち着いたさまは、彼の人と並んでも引けを取るようなものではなかった。おまけに、金髪の彼女と、銀髪のソルジャーとでは金と銀の色彩で絵になると思ってしまったくらいだ。
…ちなみに自分も金髪であるということは、すっかり頭から抜けてしまっていた。
「あの、ソルジャー、聞いてもいいでしょうか?」
あのフィシスという女性が恋人なら、とても勝ち目はない。
あきらめるなら早いほうがいいと思って、思い切って聞いてみることにしたのだが。
「なんだい、改まって。」
彼の人は変わらぬ微笑をたたえたまま、ジョミーを伺った。
「プ、プライベートなことなので、答えたくなければ答えなくてもいいのですが!」
「プライベート?」
「こ、こ、恋人っていますか?」
不思議そうに鸚鵡返しに問われるのを無視して、思い切って聞いてしまった。
「僕に?」
あなたですよ!他に誰がいるんですか!
そう叫びたい気持ちを抑えて、うなずく。
「そうです…。」
恋人ね…と心持ち上を見て考え込む姿に、やはり失礼なことを聞いてしまったのかとどきどきしていたのだけど。
「そうだね。いると言えばいるし、いないと言えばいない。」
彼の人の答えは、よく分からないものだった。
「その、どっちかはっきりしてほしいんですけど…。」
それでは判断の材料にならないじゃないですか!と思いつつ、もう一度訊いてみる。
「すまないね、僕もどう言っていいのか分からないんだ。」
苦笑いしながら、彼の人はすっと握った右手を差し出した。
なんだろうと思っていると、その手が目の前で開かれた。その上に乗っていたのは、赤い石を模した樹脂製の宝石をいただいた、おもちゃの指輪。しかも、リングの部分は妙に細くなっていて、バランスが悪い粗悪品。
「これって…、何ですか?」
見たとおり不恰好なおもちゃの指輪なのだろうが、今の問いかけと何の関係があるのだろうか。
「これは婚約指輪だよ。」
はい…?
「こうやって左手の薬指に入れると、ぴったりだろう?」
わざわざ手袋を取ってはめて見せてくれたけど。それが一体何なんだろう。
いや、普通婚約指輪と言えば、それなりに高価なもので、当然本物の宝石がくっついているものだろう。それに、リングは金かプラチナ、または銀と相場が決まっている。とてもおもちゃでは代用できないはずだが。
というか、なぜソルジャーがそんなものを持っているのだろうか?婚約指輪とは、男性から女性へ贈るものではないのか?
「なぜそんな安っぽいものをとか、なぜ男の僕がそんなものを持っているのかと思っているんだろう。」
「こ、心を読むなんて反則じゃないですか!」
ミュウの間で反則も何もないだろうと思いながらも、つい悔しくてそう言ってしまった。
「読まなくても君の顔を見ていれば分かるよ。
この指輪は、僕が小さな恋人から贈られたものでね。」
小さな恋人…?
そう聞いて、ちょっと嫌な考えに走ってしまった。
まさかと思うけれど、ソルジャーには幼い子供を愛でる趣味があるとか…?
「でも、あまりに小さかったせいか他の原因のためか、その子にはすっかり忘れられてしまっているんだよ。僕は今も好きなんだけどね。」
どきん。
なぜか胸が痛くなったような気がした。
「かわいい子でね、5歳なのにませた言葉を舌足らずの口で一生懸命喋って、こっちが圧倒されたくらいだ。君も知ってのとおり、僕は永く生きてきたけれどあんなに心を惹かれたことはなかったと思うよ。」
楽しそうに言う彼の人の言葉とは逆に、どんどん落ち込んでいく自分を感じるジョミーだった。
ソルジャーが幼女趣味なら、自分が幼い女の子になれればいいのに、とありえないことまで考えてしまったくらいで。
「けれど、さっき言ったとおり忘れられてしまっていてね。」
でも、ため息をつきながら、物憂げに言う彼の人に何か言ってあげなきゃいけないような気がしたのでつい。
「…ソルジャーなら、もう一度申し込めば大丈夫じゃないですか…?」
そう言ってしまった。しかし、すぐに言うんじゃなかったと後悔した。
思ったより素っ気ない響きになったうえに、自分の耳でその言葉を聞いた後、ひどく滅入ってしまったのだから。
「そう思うかい?」
人の心の動きに敏感なはずの彼の人は、ジョミーの言葉ににっこりと微笑んだ。
こんなときには、彼の人の鈍さを呪いたくなる。自分の言葉のために、その小さな恋人にこの人が申し込んで、彼女が受けてしまったらどうなるんだろう?
いや、これは自分のせい。ソルジャーに責任転嫁するなんて、とんでもない話だ。
そう思っていたら、彼の人は指輪を外してそれをそのままジョミーに差し出した。
「ではジョミー、この指輪を僕の指につけてもらえるかな?」
「は?」
…ってどういうこと?
「この指輪は、今から20年近く前、育英都市アタラクシアの5歳の少年からもらったものだ。その少年は、輝くような金の髪と、綺麗な緑の瞳を持っていたんだよ。
名前は…。」
ささやかれたその名に、まさかと思う。
だって、そんな覚え全然ない。5歳のとき?そんな昔…?ああ、5歳に限らず成人検査で14歳以前のほとんどの記憶はなくしてしまっているから、なおさら分からない。
「どうかしたのかい?
君が、もう一度申し込めば大丈夫だと保障してくれたというのに。」
いたずらっぽく笑う彼の人に、嘘でしょうとも言えず。いや、嘘だったとしても、彼の人が『今も好き』だと言ってくれたのだから!
そっと指輪を受け取って、そのバランスの悪い指輪を眺める。いかに自分が5歳児だったとしても、こんなにも美しい彼の人に、どうしてこんな変ちくりんなものを渡してしまったんだろう…。
「あの、これ、どんな状況であなたに渡したんですか?僕は。」
大体渡した覚えもないのだから、どういった経緯でそんな話になったのか、さっぱり分からない。今や知っているのはソルジャー・ブルーただ一人だけ。
「それは5歳の君と僕との秘密だよ。」
微笑みながら人差し指を口の前に立てる彼の人の仕草に、ついうっとりしてしまったけれど、つまりは思い出さない限りは分からないということに思い至り、がっくりきてしまった。
「ソルジャー…。」
「ダメだよ。これは小さいジョミーとの大事な思い出だからね。」
幸せそうな顔をする彼の人を見ていると、5歳だった自分に嫉妬してしまいそうになって、ため息が出そうだった。
「指輪でしたら、もっときちんとしたものを渡しますから…。」
「いや。僕はそれがいい。」
なんだか、こんな変なものを彼の人の指につけるだけでも申し訳ないような気がするのだが、本人がそれでいい、というかそれがいいと言っているのだから、仕方がない。
「ありがとう。」
静かに彼の人の左手の薬指にへんてこな指輪をつけると、嬉しそうに微笑んでお礼を言った。
…不思議なもので、彼の人がつけているだけで、妙にバランスの悪いおもちゃの指輪が本物のルビーの指輪のように見えてくる。安っぽい光しか反射しなかった樹脂製の宝石も見違えるほどだ。
高級品でなくても、この人が持つだけでこんなに綺麗に見えるなんて…。
つい、彼の人に見とれてしまって、たった今婚約指輪の贈呈式をしてしまったことに、ジョミーはまったく気がついていなかった。
5歳のジョミーとブルーとの秘密!まあ大体皆様お気づきのことでしょう〜。 |
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