ナイトメア
目を瞑り、手足を投げ出し、ただ宇宙の中に漂っていた。
そうして意識を広げる。
これはジョミーがシャングリラに来てからの日課のようなものだった。
特に何をしたいため、というわけではない。
宇宙と同化したような、この感覚が好きなのだ。
ぱっとジョミーの瞼が開いた。その瞳には大きな驚愕と微かな困惑が現れていた。
ジョミーがシャングリラに来てからもう随分たった。
ブルーが紹介した文句を、ミュウ達は疑いもせず納得しジョミーを受け入れた。
今では次代のソルジャー候補に、とまで認められている。
その、ジョミーは例えるならば、こことは違う異世界の生き物だった。
そう人間ではない。そしてミュウでもない。
彼は元の世界では「魔物」と呼ばれる存在であったのだ。
青の間―シャングリラの奥深くで、ブルーはジョミーを見つめた。
「どうか、したのかい?随分乱れているね。」
最近はほとんどこんなことはなかったのに、とジョミーの頬にそっといたわるように手を伸ばした。
ジョミーはその手に自分の手を重ね、頬を摺り寄せる。
「・・・・軌跡を見つけた・・。その先に、」
僕のいた宇宙があった。―僕の、故郷が・・・―
「・・見つけたのだね。」―見つけてしまったのだね―・・声にならない声が心に響く。
「・・はい」
「帰るのかい?」
「・・・・」
ジョミーは考えていた。道を見つけてから、ずっと。
「・・二者択一です、ブルー」
頬に寄せていたブルーの手を握り強い光の宿る瞳でジョミーはブルーを見つめた。
その瞳には強い意志が輝いていた。
―ああ、彼はもう決めたのだ。―ブルーは思う。
彼と別れたくはない。しかし自分はミュウの長で地球を目指す者。そして彼はミュウではなく、この世界の住人でもない。
―夢魔―と呼ばれるれっきとした魔物なのだ。そして帰るべき場所がある。
ブルーはジョミーが来た日のことを思い出した。
異質な、それでいて惹かれずにはいられない輝きをもった気配を感じ、
ブルーは目を開けた。
―なんて、―
そこにいた存在の、なんてまぶしいことだろう。
目が合い、顔が近づいてくる。ブルーは避けようとはせず、唇が触れ合う、瞬間。
「やめた。死んじゃいそうだ。」
ぱっと顔が離れたと思った時の、その言葉。
「随分な言われようだ・・」
キスだけで死ぬだなんて。
「君は誰だい?」
その手を掴み、とんでもなく目立つ不審者に問いかける。
いや、問いかけは形だけ。
触れ合った、手が 絡み合ったままの視線が そしてその包み隠しのない思念が 全てを語る。
それは、ジョミーにとっても同じだったようで、ブルーから得た情報に困惑を隠せずにいる。
揺れる瞳がブルーを見つめていた。
帰り道がわからないというジョミーを、素性を隠したままこの船に留める事に決めたのは
ブルーの独断である。
しかし、ジョミーが魔物、夢魔であることに変わりはなく、当然“食事”となる獲物が要る。
他のミュウ達に手を出させるわけにはいかない。
必然としてブルーがその役となった。
ブルーの力は強い。
ジョミーは一回のキスだけで2〜3日は“食事”をしなくても良くなり、
不思議なことに精気を奪われているはずのブルーもジョミーとのキスで何かの生命力を得ているようで、徐々に健やかな状態に戻り始めた。
この二人だけの秘密の生活は 今日この日まで崩れることなく続いていた。
そして、今
―会った瞬間から惹かれてやまない、この 光が
今 手の中から零れ落ちようとしている―
―・・二者択一です、ブルー
「選んでください。
僕と一緒に僕の世界に行くか、ここに残るか」
その瞳は限りなく真剣そのもので、そんなこと、君を選べるわけなんかないのに。
それをわかっていて聞くのか、と
「ジョミー」
「あなたは、あなた達は地球(テラ)をめざしている。人間との共存を望んでいる。
僕の世界に行けば、それが叶う。」
ブルーが何を言う前にジョミーが続けたその言葉に、ブルーは口を閉ざした。
「どういうことだい?」
「僕の世界にも地球(テラ)がある。・・いや、ただしく僕らの言葉でいえば地球(アース) というんだけど。この二つは全く同じ質のものといってもいいと僕は思ってる。
多重宇宙論ってしってる?宇宙は実は一つじゃないってやつ。ぼくの世界の地球とここの地球は同じものだ。ただ過ごしてきた時間と内容が違う、ここの地球とは違う世界を僕らの地球は歩んでいる。簡単に言えばこっちは科学文化であっちは魔法文化が栄えているんだ。
あっちの人間はそんな多くなくって、豊かな自然の中に小さな国が幾つか点在している程度だし、僕らのような人外も多くいる。君たちミュウが迫害を受けることはないと思う。そして、戦える者はこのシャングリラを拠点としてこっちで生まれ続けるミュウたちを奪還する事だけに従事してればいいし、その気になればいつでもあっちの地球にも降りられる。」
そこまで一気にまくし立てながら、 さあどうだ! とでもいう風に胸を張る。
反論できるようならしてみろ!といっているようである。
ジョミーはブルーと離れるつもりは毛頭なく、どうやったらどちらも気持ちを曲げることなく一緒にいられるのか必死に考えていたのである。
呆気にとられたのはブルーである。
「・・・そんな、ことが」
ブルーに有るまじき事に未だに思考が追いついていないのか、或は突拍子もなさ過ぎて脳がフリーズしているのか、その言葉はたどたどしく響く。
「僕はもう、こことあっちを繋ぐ、僕が来たとき空けてしまった道を完璧に把握してる。
僕とあなたの力があればシャングリラごとの移動だって可能だ」
ブルーはジョミーを無言で見つめた。
途端にジョミーは不安げにどうだろうか?と窺うように思念を飛ばしてきた。
さっきの自信満々の様子とのギャップに思わず笑みがこぼれ、次第に、ブルーは何かがはじけるように楽しそうに笑い出した。
―ああ、やはり君は 光 だった―
えへへ、独り占めしようかとも思ったけれど公開しちゃいます!空さまの『ナイトメア』でーす! |
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