|    気まずそうに目を逸らしたジョミーを、ブルーは目を細めて見つめた。「…君は正直だね。ドロボウとは思えないくらいだ」
 「ドロボウだよっ、正真正銘! これでも立派な指名手配犯なんだからなっ」
 「そういうことを、胸を張って宣言するのもどうかと思うけど」
 ジョミーがむっとして叫ぶのに、ブルーはくすっと笑ってから笑みを消した。途端にジョミーの表情が怪訝そうなものになる。
 「…どうしたの?」
 そう言うと、ブルーはジョミーをじっと見つめた。
 「こうして君と向き合うのがすっかり遅くなって…すまなかった。50年と一言でいうが…君にとっては随分と長い時間だっただろう」
 だが、そう頭を下げられるのには慌てた。
 「そ…っ、そんなの、あたりまえじゃない。あなた覚えてないんだから!」
 ジョミーはそう言ってふいとそっぽを向きかけて。気を取り直したかのようにブルーに目を戻した。
 「…そう言えば、さっき思いだしたわけじゃないって言ったけど…あれはどういうこと? 思いだしたわけじゃなかったなら、どうやって分かった…?」
 50年前の出来事を…。
 「簡単なことだ。君の分身の脳を媒体にして、君の頭の中を少しばかりのぞいただけだ」
 こともなげに微笑みながら言われるのに…ジョミーはぽかんと口を開けたまま目を丸くした。その様子に、ブルーはいたずらっぽく笑みを浮かべる。
 「あれだけの材料があるのに、君の居場所だけを探すだけと思っていたのか? もう少し時間があれば、もっと詳細な部分まで分かっただろうに」
 けれど、セキュリティが作動して、中途半端に終わってしまったよ、と。そう言って微笑むのに、ジョミーは呆気に取られていたのだが。
 「な…に考えてるんだよ! そんなことまでやろうとするから、倒れるんだろっ!」
 そう、怒鳴った。しかし、怒鳴られたブルーはというと、青白い顔に余裕の笑みを浮かべた。
 「そのくらい、僕が君を大切に思っていると喜んでくれないのか?」
 「そんなこと、思えるはずが…!」
 「ジョミー」
 ジョミーを遮るように、落ち着いた声が割って入る。
 「君が僕の記憶を消したのは、僕が罪悪感を覚えないように気を遣ってくれたんだろう」
 そう言うと、ジョミーは黙りこんだ。
 「…よく訪ねてきてくれた。君がどうやって収容所を脱出したのかは分からなかったけれど、大変だっただろうに。強引に賭けを押しつけた僕などに構わず、自由に生きる選択肢もあっただろう。タイプ・ブルーの君ひとりなら、どうとでもなる」
 「…賭けを言い出したのは、僕だよ」
 「そう仕向けたのは、僕だ」
 しかし、ジョミーはそれには返事をしなかった。身じろぎもせず、ただ黙っている。
 「…僕に、償いをさせてくれるだろうか」
 ぽつりとつぶやかれた言葉。しかしジョミーはゆっくりと首を振った。
 「…そんなの、必要ない。僕が勝手にやったことだから」
 「じゃあ、どうすれば君は僕のところへ戻ってくれる?」
 「戻る?」
 おうむ返しにつぶやくのに、ブルーは真顔でうなずいた。
 「そうだよ。本来なら50年前に、君は僕とともにシャングリラにいたはずだったのだから」
 そう言うと、ジョミーはふっと暗い笑みを浮かべた。
 「…僕は危険だよ」
 「サイオンを失わせることができるという君の能力のことを言っているのかい? それに関しては、文句のつけようがないじゃないか。君の『仕事ぶり』の記録を見たが、すごいの一言に尽きた。僕自身も、君の『仕事』を目の当たりにしたけれど、鮮やかなものだったよ」
 ターゲットのみの記憶を残し、あとはすべて綺麗に消してしまう。あれでは、記憶を残されたものだって、自分自身を信じられなくなって当然だ。それを見越したようにグリーティング・カードとしての紙媒体も一緒に残す。
 「そうじゃない…」
 ジョミーは静かに首を振った。
 「確かに…最近ではコントロールには自信がついたよ。けど、それは平常心でいられればの場合だ。感情的になれば、それもどうなるか分からない…」
 「それは、君が平常心を失うほどに僕のことを好きだとうぬぼれてもいいのかい?」
 にっこりと笑っていうブルーに、ジョミーはぽかんとした。
 「だって、そういうことだろう? いつもならサイオンの制御ができるのに、僕と一緒にいることでそれが利かなくなるというのは」
 ジョミーは落ちそうなくらい緑の瞳を見開いてブルーを見つめていたが、やがて呆れたような、それでいて嬉しそうな笑みを浮かべた。
 「…本当にあなたって変な人。どうしてそこまで自信過剰になれるの?」
 「失礼だね。君の言うことを総合的に判断した結果だよ」
 だが、言葉に反してブルーの顔は笑っている。つられるようにして、ジョミーも吹き出した。
 「だからって…そこまで都合よく考えられること自体変だよ…」
 「何度目だろうね、君から『変だ』と言われるのは」
 「だって…変なんだもん」
 「君が笑ってくれるのなら、変な人で構わないよ」
 けれど、そう言えばジョミーの顔が曇る。
 「もう…いいよ。こうしてあなたが僕を追ってきてくれたことだけで十分だ。だから、戻って…?」
 シャングリラへ。
 そうささやくジョミーの姿は、さびしげに映った。
 「僕は君から離れないよ」
 「でも…っ、最初に会ったとき、あなた僕とは一緒に行かないって言ったじゃない!」
 「言い方に語弊があるね。僕は、シャングリラを捨ててはいけないと言ったんだ。それは今でも変わらないけれど…でも傷つけてしまった君をこれ以上悲しませたいと思わないよ」
 …二人の間に沈黙が落ちた。
 「…もう、いい」
 しかしジョミーはかたくなに首を振る。
 「…僕は誰かと一緒にいることはできないんだから…。あなたは知らないだろうけれど、僕は幼馴染を破滅させたことがあるんだ」
 そう言いながら、ジョミーは悲しそうに目を伏せた。
 「すごく…仲がよかったんだ。大切な友達だった。あのときは、収容所を脱出してからしばらく経っていて、力のコントロールにも自信がつき始めていた。それどころか、自分では完璧にコントロールできているつもりだったんだ。けれど…そんな自信なんか、完全に打ち砕かれた」
 そのときのことを思い出しているのか、ジョミーはふるりと身体を震わせた。
 「僕は…彼からすべてを奪った。成人検査を経てなお残っていたほんの少しの過去も、優しい心も、全部…」
 『化け物』、と。
 ただそう言われただけだった。それはそうだろう、十数年経ってなお容姿の変わらない友人に対して、平然と接することなどできようはずがない。それなのに…その一言が、すごくショックで…。彼の心の中にあったのは、わけのわからない恐怖やどす黒い嫌悪だけで…。
 「僕は…この力を使って彼の記憶だけでなく、未来さえ奪ったんだ。そんなことにならない自信だってあったはずなのに…。僕はこの力を完全に自分の制御下に置いているつもりだったのに…! だから…今、あなたやあなたの大事な仲間までそんなことになったら…!」
 だが、ジョミーの言葉はそこで止まってしまった。優しい腕が、ジョミーの小さな身体をしっかりと抱きしめたからだ。
 「…もういいんだ。何も心配しなくても」
 優しい、落ち着いた声音がジョミーを包む。しかしジョミーはその抱擁から逃れ、首を振った。
 「あなたは…僕が彼にしたことを知らないから…! 彼は…」
 「サム・ヒューストン」
 その途端、ジョミーの顔がこわばった。同時に、ブルーの腕を押しのけようとしていた動きも止まる。なぜ分かったのだと言わんばかりのジョミーの表情だが、あの『ジョミー』の脳に接触したときに、断片的にでも分かっていたのだろう。
 「…なるほどね。君がシャングリラを拒むのは、そういう理由だったのか」
 ジョミーはその言葉に泣きそうな顔をした。ブルーはわずかに微笑むと、ジョミーの金の髪を撫でた。
 「…君は優しい。それは、君がミュウの子どもたちと遊んでいる様子で分かっていたけれど…それがために君はずっとひとりだったんだね」
 けれどジョミーは必死に首を振った。
 「ちがう! 僕は優しくなんかない! だって、サムは結局病院から一歩も出ることなく…」
 叫びかけたが、その言葉は途中で止まる。再び、ブルーの力強い腕がジョミーをぐっと抱きしめた。
 「もうひとりで苦しまなくてもいいんだ。だから…一緒においで」
 「で…でも…」
 戸惑ったようなジョミーに、ブルーはにっこりと微笑むながらその顔を覗き込んだ。
 「今度は僕が君を守る。いや、この50年苦しんだ分、僕が君を幸せにしたい。だから…一緒に来てくれないか?」
 その言葉に…ジョミーは困ったように目を泳がせた。ブルーはその様子を愛おしそうに眺めていた。が…。
 「ならば決まりだ、すぐにシャングリラへ行こう。ああ、もう少しだけ君とデートして行ったほうがいいかな。向こうに着いてからだと、そうそう二人っきりにはなれないだろうからね。さっきも言ったが、僕は君の過去をすべて知っているわけじゃない。できれば君の口から教えてもらえるとありがたい。それが数日かかっても構わないから」
 …そんな風に、ひとりで勝手に納得されるのにはさすがのジョミーも慌てた。今までの悲壮な雰囲気など吹っ飛んでしまったようだった。
 「ど…っ、どうしてそんな話になるの? 大体僕がいつあなたと一緒にシャングリラへ行くなんて言った…!?」
 そう抗議すると、ブルーはにっこりと笑った。
 「おや。君は僕をシャングリラから離したくなくて、でも僕とは一緒にいたいんだろう?」
 「だ…っ、誰がそんな…!」
 「おやおや。君の話を総合的に判断すると、そうなるんだけどね」
 「だから…っ、それはあなたが変なんだってば!」
 「それに、子どもたちのことは? 随分と君に懐いていたようだし?」
 「もう忘れてるよっ!」
 「そうかな。きっと、ボール遊びをするたびに物足りなさを感じているはずだ」
 「聞いたわけでもないくせに!」
 「僕は『ソルジャー』だよ? そのくらい、聞かなくても分かる」
 その人を食ったような台詞に、ジョミーは呆気にとられたあと、思いっきり吹き出した。今までの緊張感などすっかり吹き飛んでしまったかのように、笑い転げた。
 「そんなに笑わなくてもいいと思うけどね」
 そういうブルーの顔も笑っている。
 満ち足りた、穏やかなとき。こんな時間を共有できることを…感謝します…。
 「…賭けは僕の負けだよ」
 ジョミーは笑いすぎて涙目になりながら、嬉しそうにつぶやいた。
 「本当は、一生あなたの前には姿を現さないつもりでいた。けれど、やっぱり無理だった。僕はずっとあなたの面影が忘れられなかったんだ。サムの最期を知って、一人で生きていこうと思ったけれど…。…でも、あなたは本当にそれでいいの?」
 「よくないなら、君を迎えに来たりしない」
 言いながら、ブルーはジョミーをじっと見つめた。
 「こうして君と再び会うことができてよかった。これからはずっと一緒だから」
 ずっと…君とともに在るから…。
 その優しい響きだけが、二人のいる空間を満たして行ったのだった。
 
 
 おわり
 
 
 
      
        | 永らくお付き合いいただきまして、ありがとうございました!ちょっと詰め込みすぎとも思えなくもなかったですが…最終話(汗)でも、終わってみると、王ドロボウの雰囲気などどこにもないという…。でもあのシュールな世界観…! やはりあこがれます〜。
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