|   「…呆れたよ」どこからか、ジョミーのつぶやき声が聞こえた。
 E-1077を出たあと、ブルーは荒く息をつきながら、宇宙空間を漂っていた。さすがに、疲労の色は隠せない。
 『…やあ、ジョミー』
 久しぶりだねと続けると、少し離れた場所に金の髪に緑の瞳の泥棒が姿を現した。
 『来てくれるころだと思った。すまないが、落ち着いて話ができる場所まで連れて行ってくれないか』
 「…僕が来なかったらどうするつもりだったの?」
 対するジョミーの表情は硬い。相当怒っているらしい。
 『君は賭けをそのままにしないと信じていたからね』
 疲労困憊といった感だが、さすがはミュウをまとめるソルジャーといったところだろうか。蒼白な顔に笑みを浮かべた。
 「死人の脳に同調して、戻れなくなったらどうするつもりだったの?」
 ジョミーはむっとしてブルーをにらみつけた。
 『君と同じものの中に囚われるのも、悪くないからね。見てのとおり、僕の身体は大分ガタが来ているから…』
 「ふざけるなっ!」
 真剣な表情で怒鳴りつけられ、ブルーは言葉を止めた。
 「…どうして追ってきた…?」
 泣きそうな表情。けれど、本人は自分がどんな顔をしているのか気がついてないだろう。
 「僕なんかに構うことないだろうに。それともまだ僕を後継者にって思ってるわけ? それは…」
 『50年前』
 その声に、今度はジョミーが黙りこんだ。
 『ガラスケースで生み出され、物心つく前にそこから出されて一般人と同じように育てられた君は、成人検査を受けて不適格者の烙印を押された。同じ日、同じようにガラスケースで育てられ、直前になって出されたフィシスの処刑と同じ日だったことは、ただの偶然なのか今では分からない』
 するとジョミーは口元に笑みを浮かべた。しかし、目は笑っていない。
 「…へえ。思いだしたんだ」
 『残念ながら、そうじゃない』
 ブルーは首を振ってから、ジョミーを見つめた。ジョミーは不思議そうな顔をする。
 『…とにかく、どうにも落ち着かない。すまないが手を貸してくれ』
 そう言われて、ジョミーははっとしてブルーのもとに移動した。身体のまわりに空気を張りつかせたシールドを張っているのが精いっぱいだったと分かり、ジョミーは眉を寄せた。
 「…こんな無茶、するからだよ」
 だが、ブルーはにこりと笑う。
 『すべてをなかったことにできる君から、「追ってきて」と言われれば、追わないわけにいかない。もっとも…あのときのように、構うなと言われても結果は同じだったと思うけどね』
 その言葉にジョミーは泣きそうな顔をしたが、黙ってブルーに肩を貸した。
 瞬時に移動した場所は、どうやら宇宙船のコクピットの中らしい。ジョミーは椅子をリクライニングさせて、そこにブルーを座らせた。
 「ちょっと待ってて。飲み物を持ってくるよ」
 『すまない…』
 荒く息を吐きながら思念波で謝罪されるのに、ジョミーはむっとした表情を浮かべた。瞬間移動は、ブルーの身体にかなり負荷をかけたようだ。ぐったりとして、安っぽい椅子に身体を委ねている。
 「…喋れなくなるほど力を使い果たすなんて、ミュウの指導者にあるまじきなんじゃない?」
 『…厳しいね』
 苦笑いしながら見つめられるのに、居心地が悪くなったらしい。ジョミーは気まずそうに目をそらすと、傍らのポッドからペットボトルを取り出した。
 「ただの水だけど…」
 『ありがとう』
 ふたを開けて手渡してくれるジョミーの礼を言ってから、ブルーは冷たい液体を口に含んだ。その様子を見守っていたジョミーだったが、やがてそっとブルーの頭に手をかざす。
 『…ヒーリングかい?』
 タイプ・グリーンが得意とする、けがや病気の症状を和らげる力。だが、ジョミーは首を振った。
 「…サイオンの補充。僕はサイオンを盗ることができるから、こうやって誰かにあげることもできる」
 前々から思っていたが、ジョミーの能力は特殊だ。人や機械の記憶を消すこともできるうえに、能力も奪うことができる。さらに、それを他人に与えることもできるとは。
 『…驚いた』
 「驚くことないじゃない。あなたにだって、能力を分ける与える力はあるし」
 『…そうだね…』
 50年前。処分される直前だったフィシスを助けて彼女をシャングリラに迎えた。もちろん彼女がミュウだったからだが…それはブルーが彼女に予知能力を与えたからにほかならなかった。
 そんな過去を回顧しつつジョミーを見ると、ジョミーはジョミーでやはり昔に思いを馳せていたらしい。遠い目をしていたが、ふとこちらに視線を戻す。
 「だからこの能力はあなたに返さなきゃいけないものかもしれないけど、今となってはSD体制に対する僕の唯一の対抗手段だから…」
 「…僕に…?」
 そんなジョミーの言葉に、驚いてつい肉声で応じてしまった。ジョミーがサイオンを補充してくれたおかげだろうが、それどころではない。
 …フィシスの…ことじゃ、ないのか?
 そんなブルーの様子にジョミーはしまったという顔をしたが、やがてあきらめたようにひっそりと笑った。
 「…なんだ、それは知らなかったの」
 「どういう…ことなんだ…? まさか…」
 この状況をつくり出したのは…まさか…。
 ジョミーは観念したようにふっと息を吐き、ブルーを見つめた。
 「…ガラス越しに見に来ていたときに、あなたはその能力を僕に移したんだ。それははっきり覚えていたわけじゃなかったけど、あなたの記憶を盗んだときにそれが分かった」
 フィシスには予知能力を、ジョミーには主に記憶の搾取能力を。
 「では…君がミュウとして追われる身となったのは…」
 僕のせい、だったのか…?
 だが、ジョミーは苦く笑って首を振った。
 「…危険な能力だけど、僕になら制御できるって思ってくれてたんだよね…」
 それは分かってるよ、と。そう言いつつ、さびしそうに笑って続ける。
 「制御は…できるようになったと思うよ? けど、僕が危険なのには変わりないから…。だから、僕は誰かと一緒にいることができ…」
 ジョミーの言葉が途中で止まった。椅子から身を起こしたブルーが、ジョミーの身体を抱きしめたからだ。
 「…君の、憎しみの意味がようやく分かった」
 愛おしい、けれどもっとも憎い存在。
 かつてジョミーは冴え冴えとしたその緑の瞳を向けて、そう言い放ったのだ。
 ジョミーはフィシスとは違う。フィシスは盲目で、実験の失敗作だったが、ジョミーは健康そのものだった。わざわざミュウの能力を移してシャングリラに迎え入れなければ生きていけないわけではなかっただろうに。それどころか、成人検査にパスしてゆくゆくはメンバーズエリートに抜擢されただろう。でも…。今なら分かる。その未来を奪ってでも、ジョミーを僕のものにしたかった。金の太陽を…僕のものに…。
 「…全部、過去の出来事だよ」
 ジョミーはやんわりとブルーの抱擁から身体を離すと、頭を振った。
 「今、僕はこうして生きている。だから、もう…」
 「では、50年前の賭けは?」
 そう言うと、ジョミーは黙った。
 「記憶を失った僕に声をかけた上で、僕が君を捕まえれば僕の勝ち。反対に、僕が君に捕らわれれば君の勝ち。そして、この賭けに負けたほうが、勝った相手の望みを叶える…。だから、必ず僕のところへ来てくれと」
 そう言ったね? と念を押すように言うと、ジョミーは視線をそらした。
 「…この賭けは、最初から僕の負けだね。自分でも呆れるくらい、君に囚われた。君に余計なものを背負わせてしまったという罪悪感から言ってるんじゃないんだ」
 …しかし、ジョミーはやはり黙っていた。
 「…シャングリラを捨て、君とともに生涯を過ごす…。君の望みは、それで間違いないね?」
 だが、ジョミーは冷たい緑の双眸をブルーに向けた。
 「望みなんてない…!」
 吐き捨てるようなジョミーの台詞。
 「あなたの大事はフィシスや仲間たちだ。そんな賭けなど忘れて、ソルジャーとして生きるのが、あなたの宿命だ。なんなら」
 ジョミーの顔に歪んだ笑みが浮かぶ。
 「忘れさせてあげようか。あのときのように」
 あなたからもらった、この危険極まりない能力で。
 物騒な金の泥棒の表情に、ブルーは慌てたような様子はない。それどころか、くすっと笑った。
 「ではなぜ君は僕のところへ来た?」
 …その言葉に、ジョミーは再び黙り込んだ。
 
 
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        | というわけで、久しぶりのドロボウ更新! 次くらいで終了です♪ うーん、すっかり牛の歩みで申しわけありませぬ…!! |   |