4話から5話くらいの捏造

07 知らない時間


 

 

 「やあ、ジョミー」
 青の間にやってきたジョミーを、柔らかな赤の瞳が迎えた。
「ブルー! 起きていて大丈夫なの?」
「ああ、今日は気分がいい」
 緑の目を大きく見開いてベッドの手前で突っ立っていたジョミーは、次の瞬間にはぱっと笑顔になった。
 ブルーと話すのは久しぶりだ。ベッドの傍まで行くと、微笑みながらこちらを見上げている姿が目に入る。
「今日は何を教わったんだい?」
 まるで小さな子どもに学校で何があったかと聞くような口ぶりに、ジョミーの頬がぷうっと膨らむ。
「もう! そんな子ども扱いしないでくださいってば!」
 そう文句を言いながら、それでも頭の中にはヒルマン教授に教えてもらったミュウの歴史がよみがえる。それは、表には出てこない迫害の歴史。
 そこで考えが止まった。
 …ブルー…は、まさにその歴史の中にいたんだ。
 成人検査において不適格者の烙印を押され、屈辱を味わった、過去。それを口に出せば、きっとこの人の笑顔は曇ってしまうだろう。
「あ…と、サイオンのコントロール、です。全然うまくいかなくって、キャプテンにも叱られて…」
 今日は習っていないことを一生懸命思い出して話そうとしたのだが、この人は申し訳なさそうに視線を落とした。
「…すまない、気を遣わせてしまったね」
 …テレパシー…!
 どうにも自分は思念を隠すのが下手で、それはいろいろな場面で注意されていたから、自分では気をつけていたつもりだったのに!
 だが、ブルーは首を振った。
「気にしなくてもいいんだよ。今となっては過去のことだし、辛いことばかりだったわけじゃない。それに今僕には君がいる」
「…僕、ですか?」
 て、ナニ?
 きょとんとして確認の意味で自分を指差すと、ブルーはそうだよ、と可笑しそうに笑った。
「フィシスは君の存在を『獅子の目覚め』と評したが、僕にとっては『燦々と輝く太陽』とでもいおうか。君はこのシャングリラのみならず、この世の希望の光だよ」
 そ…っ、そんなこといきなり…!!
 ブルーはたまにこちらが赤面するようなことをさらりと口にしてしまう。
「か…買い被り…です!」
「そんなことはない」
 こちらはひたすら慌てているのに、ブルーはというとその様子も面白いらしく、なおのこと笑う。けれども、僕はそれどころじゃない。
 この人はミュウの伝説とまで呼ばれた人だ。今日のヒルマン教授の授業でも話題に上っていた。
 タイプ・ブルー、オリジンとして、また初代のソルジャーとして、ブルーは常に前線に立って戦い続けた。今でこそこうしてベッドに臥せっているときが多いが、アルタミラを脱出したころや、アルテメシアに到着し、同じミュウの救助活動を始めたころは、強大なサイオンによる破壊活動は日常茶飯事だったらしい。
 しかし…この細い身体のどこにそんな力が…と時おり疑わしくなる。
「ブルー、人をのせるのが上手なんですから」
 真っ赤になっている顔を隠したくて、わざと機嫌を損ねたふりをして明後日の方向を向く。だが、これも彼にはお見通しだろう。
「おやおや、僕は随分と信用がないんだね」
 ブルーは苦笑いしながらつぶやいてから、じゃあ、と試案げに目線を上に上げる。
「僕が生きた300年間、君ほど僕の心を掴んだ人はいない。そういっても、信じてもらえないのかい?」
 聞きようによっては、熱烈な愛の告白だろう。けれども、それを聞いた途端、ジョミーは自分の心臓がすっと冷えたような感覚に陥った。
 300年…そうだ、この人はそれだけの年月を生きているんだ…。
「…ジョミー?」
 ブルーの笑顔が、怪訝そうな表情に変わる。だが、ジョミーは別のことに気を取られていて、まったく反応できない。
 それだけの年月…この人は誰と出会い、誰と心を通わせあったのだろう。今、この人は、『君ほど僕の心を掴んだ人はいない』といった。それを信用するとして、では僕以外でこの人の心を掴んだほかの人はどういう人だったのだろう…?
 ソルジャー・ブルーに関する情報は山とある。それはヒルマン教授やエラ女史の講義でもたびたび語られる。
 でも。
 それは、ソルジャーとしてのブルーだ。
 では、個人としてのブルーは? 誰かを愛し、誰かを求めたブルーは…? いや、それどころか、趣味は? 嗜好は…? そんな些細なことさえ、僕は知らないんだ…。
「あの…ブルー…。」
「ダメだよ、ジョミー」
「え…?」
 あなたのことを教えてほしい、と続けようとした言葉は、にっこりと微笑んだブルーによって遮られた。
「ダメって…僕、まだ何も…」
 不満そうに言いかけて。目の前にいるのが、タイプ・ブルー、オリジンその人であったと思い至って、ジョミーはむっとした。
 つまり、完全にお見通しなのだ。
「ブルーっ!」
「僕のことを知りたいのなら、もっと力をつけることだな。君はタイプ・ブルーだ、言ってみれば僕と同じなのだから」
 思念波を操ることなど、わけないだろう? と続けられて、ジョミーは恨みがましそうにブルーを見る。先手を打たれたような気分だ。
「だって…プライバシーの問題が…」
「そうだね。でもそれは、心を読めるようになってからいえる台詞じゃないか?」
 …正論である。ジョミーはぐっと詰まり…その次の瞬間には怒りの表情を浮かべてブルーをにらみつけた。
「…もう、いいです!」
「早くも降参かい?」
 からかうようなブルーの言葉に、ジョミーはかっとした。
「誰がそんなことをいいましたか! コントロールをつければいいんでしょっ!」
「そのとおりだ。楽しみにしているよ」
 ブルーの心底面白がっている様子に、ジョミーはますますむくれた。
――でも…それはそう遠くない未来だろう――
 そっぽを向いているジョミーを眺めながら、けれど、とブルーは思う。
――…僕は君の成長を、最後まで見届けることができないだろうね――

 




恒例のお題です〜。でも、この調子では、3周年までに書きあがればいいほうか…?
再び初心に戻るべく、アニメ本編寄りで話書きまーす。

 


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