16話後半くらいの捏造

5 あなたが望むのなら


 

 

「すみません…、あなたまで引っ張り出す羽目になってしまって…。」
 ナスカに向かうシャトルの中。
 こんなことであなたにナスカに降りてもらうなどと、予想だにしていなかった。
 もし、あなたが目覚めたら、ナスカで生活する若者たちの生き生きした姿を見てもらいたいとは思っていたけれど。逆に、ナスカから離れてもらうための説得に出向いてもらうことになるなんて…。
「いや、気にしなくてもいい。」
 そう言いつつ、この人はシャトルから見える宇宙を眺めていた。真下に赤茶けた星ナスカ、その向こうにジルベスター星系の惑星が見える。
 起きているだけでも辛いだろうに、この人はそんなことはまったく匂わせない。その分、悲しくもあるのだけど…。
 けれど今は、こうしてあなたと共有できる時間があることに安らぎを感じている。…我ながら勝手なことだと反省はするのだが。
「彼らはよほどナスカでの暮らしが気に入っているんだね。」
 眼下に見える赤い星。
 それを眺めつつ、ブルーは嬉しそうに微笑んだ。
「…怒ってないんですか…?」
 地球とは似ても似つかない赤い星。そんなところに留まって無為に時間を過ごしてしまったことを。
「なぜ?」
 こちらを振り返り、微笑みながら逆に問われた。
「僕が知る限り、シャングリラにいた彼らが何かに固執したという記憶はない。それほど、ここでの暮らしは手放しがたい素晴らしいものなんだろう。」
 そうとも言える。しかし、問題はそこではない。
「それでも…、地球へ向かい、政府に自分たちの存在を認めさせるということを忘れさせてしまったのは、僕の責任です。」
 若いミュウたちに直接なされたわけではないけれど。
 人間たちの過去の仕打ちを忘れ。
 自分たちの置かれた立場も忘れ。
 戦う心を忘れ。
 ただひたすらに平和な暮らしを望み。
「…それが悪いわけではない。」
 ただ、状況が許さなかっただけ。
 土を耕し、苗を植え、作物を作り、自然の営みの中で幸せを感じる。それのどこが悪いのか。どこも悪いところはないだろう。
 しかし、ここでの生活は言ってみれば砂の城だ。いつかは崩れる運命にあるもの。
 それでも…、ナスカに辿り着いた当時は、そんな生活は疲弊しきったミュウに一条の光を与えてくれた。生きるということに勇気と誇りを持ち、ミュウたちは目を輝かせてナスカでの生活を送っていた。
 …しかし。
 そんな生活が長すぎたのだろうか。
 人間への憎しみが薄らぐことは悪いことではないが、自分たちから当たり前の幸せを奪ったテラズナンバー、しいてはSD体制に対する怒りまで忘れてしまったのは誤算だった。
 …すべてはここに長く留まりすぎた自分の判断の甘さが…。
「ジョミー、自分を責めるのはそこまでにしたまえ。」
 凛とした声がジョミーを引き戻した。目を上げると、ブルーがじっとこちらを見ていた。心の奥底まで見通されるような紅い瞳に、またうつむいてしまっていたなと反省した。
「以前言ったと思うが、もう一度繰り返そう。
 『ことの良し悪しは、すべてが終わってみないと分からない』。
 まだ何が起こったわけじゃない。人類統合軍はいつ攻めてくるか分からないが、それでも君も僕も被害を最小限にするために動くことができる。」
 最小限にする…。
 すでに、無傷でこの事態を切り抜ける手段はもうないのだ。その最たるものは、ナスカを放棄することだろう。そう考えて、落ち込んでいる場合じゃないと改めて感じた。

「そう…、ですね。」
 顔を上げて窓の外に見えるナスカを見据え、この後のことを考える。
 説得が成功したら…、というか、成功しなければならないのだが、シャングリラに応援を求めて、シャトルを降ろしてもらって…。
「ジョミー。」
 そんな風に段取りを考えていたら、この人から呼びかけられた。
 目を向けると、この人の切なげな紅い瞳が僕を見つめていた。いつもと違う、頼りなげな雰囲気に戸惑ってしまう。
「改めて君に頼む。
 次こそ彼らが安住の地を得られるよう、君が導いてやってくれ。」
 もう隠れなくてもいいように。
 自分たちのような悲しい歴史を作らないように。
 悲しげな微笑みに…、この人はもう覚悟を決めているのだと感じた。
 誰よりも地球を見たかっただろうに。誰よりもその足で地球に立ちたかっただろうに。その想いを殺してまで、あなたはミュウのために尽くすつもりなのか。
「はい…。」
 遺言になるのだろうこの人の言葉に。…僕は静かに頭を下げた。
 あなたがミュウを愛し、ミュウのために生き、ミュウのために死のうというのなら。僕は、あなたのためにミュウが安心して平和に暮らせるよう力を尽くしましょう。
 あなたが望むなら、僕は鬼にも邪にもなれる。
 人々の悲しみや憎しみ、怒りは僕が背負います。ミュウと人間の未来には、極力輝く未来だけを遺すように。
 だから…、どうか安心してください。




ブルーの安否さえ気遣うことなく、さっさとシャングリラをワープさせたのは、ジョミーが同じソルジャーとして、ブルーの決死の覚悟を分かっていたから…、だと思いたい!

 


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