「背が伸びたね。」
青の間で二人っきりになったときの、この人の開口一番だった。ベッドに座って微笑むその姿は、出会った時と変わらない。
無理を押して起き上がっているこの人の辛さを、そしてこんな場所でぐずぐずしている僕への苛立ちを想像できるだけに、こんな風に笑いかけられるのは、耐えがたい。
地球へ行くとあなたに誓ったことは決して嘘ではないけれど、僕の力不足で地球とは似ても似つかない赤い星にとどまっている現実を、あなたはどう見ているのだろう。
「…すみません。」
だから。
何か言われる前に頭を下げた。
「何を謝るんだい?」
でも、あなたの態度は穏やかなまま。
「地球を忘れたわけじゃ…、ない。けど、僕は皆に希望を持ってほしかった。だから…。」
しかし。僕は途中で言葉を切った。
言い訳ならいくらでもできる。どれだけ言葉を並べたところで、この現実がすべてを物語っている。
「僕に謝ることじゃない。」
この人の穏やかな言葉がぐさりと胸に突き刺さる。
「そう…、ですね。」
この人の許しを得て、それを免罪符にしようなどと、我ながら姑息な考えを起こすものだ、と呆れた。
だが、この人はため息をついて苦く笑った。
「ジョミー、僕は何も責めているわけじゃないんだよ?」
困った子だな、と続けられるのに、無意識のうちに下を向いていた顔を上げる。
「君の言うとおり、あてのない旅路で疲弊したミュウの心は、ナスカでの生活という目標を与えられて将来に光を見出したことは事実だろう。フィシスからもそう聞いている。」
そう言われて嬉しく感じるのに、昔よくこの人のベッドの隣で膝を抱えていたことを思い出した。
思えば、あの頃から自分は何も変わっていない。落ち込むことや悲しいことがあっても、この人と言葉を交わしただけで、忘れられた。この人の眠りが段々長くなって、完全に意識が沈みこんだときですら、僕はこの人の部屋に通いつめた。この人の美しい顔を見ているだけでも、十分なぐさめられたからだ。
「だから、僕に謝ることじゃないと言ったんだよ。
それに、僕はずっと寝てばかりで君に全面的にお任せ状態だったからね。感謝しているよ。」
でも。
あなたの美しい微笑みに、僕の心はひどく締め付けられる。
「…眠っていてほしかった。」
「ジョミー…?」
この人が怪訝そうな表情に変わる。
「あなたが目を覚ます場所は地球であってほしかった。」
あなたが生涯をかけて焦がれた星で、目覚めてほしかった。
よくがんばったね、と満面の笑顔を浮かべて僕を見てほしかった。
「…すみません、不甲斐無い後継者で。」
せっかくあなたが選んでくれたというのに。あなたのたった一つの望みすら、かなえてあげられないなんて…。
「ジョミー!」
強い調子の呼びかけられると同時に、両方の頬をびたん、と挟みこむようにはたかれた。痛くはないけれど、一瞬何が起こったのかと呆気に取られてこの人をまじまじと見てしまう。
「…本当に困った子だ。
僕は君には感謝している。虚弱体質で心の弱いミュウを、よくこんな環境の厳しい星に定住させることができたものだ。それに、自然出産までやってのけたと言うじゃないか。
一重に君の力強いリーダーシップがあってこそだと本気でそう思っているのに。」
苦笑いされるのに、子供扱いされたことなど、まったく気にならなかった。
…本当にそう思ってくれるんですか?地球にはまだ到達していないけれど、それでもあなたは僕を許してくれるんですか…?
「…やれやれ。
ジョミー、ここにおいで。」
そう、ベッドを指さして言われるのに、何だろうと思ってしまう。
「あの…?」
「君は手のかかる子供だから、手っ取り早くなだめてあげようと思ってね。」
「は…?」
よく分からないまま手招きされるのに従ってこの人に近づいたとき、ぐいっと手を引っ張られてバランスを崩した。
「わ…っ!」
不意を突かれてベッドに座りこむと、この人の秀麗な顔が間近にあって焦ってしまう。
「ブルー!」
僕の抗議などなんのその、この人はにっこりと笑うと。
「一人で背負いこんできて、辛かっただろう?」
そう言って。
この人は、僕を抱き寄せた。
ああ、この人の心臓の音が聞こえる。静かにだが、はっきりと脈打つ胸の音に、安堵感を覚えた。
「…こんなことは最初で最後だからね。10分後には今後の作戦を練る。」
そのときには、ソルジャー・シンとして皆の前に立ちたまえ、と言われるのに。
じゃあ、今だけただのジョミーとしてあなたに甘えさせてもらおうと。
そう思って、目を閉じた。
うー。他の捏造話とどこが変わるのかと言われると…、苦しいけど。
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