話し合いのテーブルを用意した。
人類統合機構のキース・アニアン国家主席からの求めに応じ、地球に降りる手筈を整えていたときだった。
「ソルジャー・シン、少々時間を取ってもらえんか?」
頑固者で有名なゼルがこんな風に伺いを立ててくるのは珍しい。ギブリに乗り込もうとしていたジョミーはふと足を止めた。
「改まって何だ?」
いつもと変わらぬ抑揚のない声で振り返り、いつもと変わらぬ感動のない瞳でゼルを見やる。
「まあ、それが…。
とにかく一緒に来てもらいたいのだ。」
いつもは歯に衣着せぬといったゼルにしては、妙に歯切れの悪い。そんな様子にジョミーは訝しげな顔をしたが、分かったと言って後ろに控えるリオを振り返った。
「出立は10分後だと伝えておいてくれ。」
『は…。』
「いや、もう少し遅いほうがよい。そうじゃな、30分くらい。」
「老師…。」
ジョミーは勝手に何を言うとばかりに眉をひそめたが、ゼルはお構いなしに「頼んだぞ」とリオに命じている。
リオも上機嫌のゼルと不機嫌そうなジョミーとを見比べ、はあ、とあいまいな返事をしている。
「ではソルジャー、こちらへ。」
にやりと笑ったゼルは、ジョミーを先導するべく前に立って歩き出した。
それに対してジョミーは怪訝そうにしながらも、黙ってついていく。妙に浮かれているようなゼルには、ジョミーの疑わしい目つきはまったく気にならないようだった。
「ソルジャー。
思えばあなたはまだ若いのじゃな。」
廊下を歩きながらしみじみと言われるのに、ジョミーの困惑の色は深まるばかりである。
「…それがどうかしたのか?」
「いや。若いソルジャーには、お節介な老人の考えと一蹴されるかなと思ってな。」
ますますよく分からない。
「…老師、何か隠しているのでは?」
「隠しごとというほどのものではないがの。
余計なことをと思われるやも知らぬが、儂らは年をとっておるのでたまに若いあなたがうらやましくなることがある。」
あまりにも思わせぶりなゼルの態度に、ジョミーは首をひねるしかないようだ。
「なに、一緒に来てもらえれば分かる。」
それ以上は何も言う気はないらしい。ジョミーも諦めて質問はやめてしまった。
結局二人とも黙ったまましばらく歩いていたが、程なくしてゼルがある部屋の前で立ち止まった。
「ここからは、ソルジャーがお一人で入られるがよかろう。」
「………?
この中に誰かいるのか?」
「それも自分の目で確かめられればよい。
儂は先にギブリへ行っておるからの。」
それだけ言うと、ゼルはよいしょっと言いながら、もと来た廊下を戻っていった。
ジョミーは、というと。
少し考えていたが、艦内でのサイオンの使用は禁止されていたことと、誰がいたとしても構わないと思っていたこととで、顔を上げると透視もせず何のためらいもなくドアを開いた。
「ジョミー!」
部屋の中にいたのは人間が3人。
いや。 1人はミュウ因子を持つと判断された少女だったのだが。
「………。」
とっさに声が出なかった。
おそらく、ナスカ以降のジョミーしか知らないミュウがこの場にいれば、ソルジャー・シンの動揺振りに驚いてしまうだろう。
「ああ、ジョミー!本当に久しぶりだわ!」
今や見下ろしてしまうほどの身長しかない母親が、何の躊躇もなくジョミーの胸に走りこんできた。
「…ママ…。」
呆然としてしまって、抱きとめるとか、言葉をかけるなどといったことは、まったくできない。
髪に白いものが混じり、顔には皺が増えた。人間らしく年相応の外見のママ。あれから十数年なのだから、それも当然だ。
だが一方のジョミーは、まるでときが止まったかのように若々しいままだ。母親と別れた14歳のときよりは、身長は20センチ程度高くなり、大人っぽいシャープな顔立ちになったとはいえ、実年齢とは程遠い外見の息子。
しかし彼女は、そんなジョミーを見上げ、潤んだ目で嬉しそうに微笑んだ。
「随分背が伸びたのね。それに、大人っぽくなって…。
でも…、痩せたんじゃない?ちゃんと食べてる?きちんと眠ってる…?」
まるで、本当の息子のように声をかけてくる彼女に、ジョミーはただ見つめていることしかできなかった。
「ジョミー、立派になったな。」
その声に目を上げると、やはり相応に年を取ったパパが微笑みながらこちらを見つめていた。昔は大きいと見上げていたのに、今はそんなに大きいとは感じない。
けれどやはりパパも、ろくに年を取った様子のないジョミーを気味悪がっているようには見えなかった。
「パパ…。」
ただただ唖然とするばかりで、ミュウの指導者として毅然とした態度でシャングリラのブリッジに立つ姿は、今やすっかり影に隠れてしまっていた。
…まさか、パパとママがここにいるとは思わなかった。そんな思いが、今は完全に表に出てしまっている。
と、ふとママは嬉しそうに微笑んでいた顔を歪めて、ジョミーを痛ましげに見つめた。
「…ジョミー…、ゼル艦長から聞いたの。あなたやミュウが辛い思いをしてここまでやってきたことを…。それに…、あなたは大変な責任を背負っている分、誰よりも大きな悲しみを心に秘めているって。」
その言葉に、ジョミーの表情がすっと引き締る。
自分の置かれた立場と責務を思い出したのだろう、瞬時にソルジャー・シンの顔に戻った。そして、両手を彼女の肩に置き、距離を作る。
「ジョミー…。」
「あなた方の身の振り方は、この後決める。それまでは、指定された場所で待機をお願いしたい。」
笑みさえ浮かべず、心まで凍りつかせたような声で告げると、ジョミーは部屋を出るべくマントを翻した。
「待って、ジョミー!」
だが。
泣きそうなママの声に、ジョミーの歩が止まる。
「…我侭だって分かってる…。
でも、ジョミー…、ママはあなたに幸せになってほしいのよ。危険なところへは…、行ってほしくないの。」
立ち止まったには立ち止まったが、そんな言葉にジョミーはまったく反応を示さなかった。背を向けているため、表情すら伺うことができない。
「マリア。」
涙を浮かべてジョミーを見つめているママを支えるように、パパがそっと彼女の脇に立って首を振った。
「だって、あなた…!」
「…死ぬ気はしない。」
だが、そんな静かな言葉には、二人ともはっとして黙り込んだ。今までのように感情を殺したような声ではなく、切ないような、それでいて凛とした決意を告げるような、そんな声音だった。
「僕には大切な人がいた。その人のことは、どう言えばいいのか分からない。恩師と言うべきか親代わりと言うべきか…、それとも年上の思い人と言うべきか…。
その人から、一つの記憶を受け継いだ。」
そう言いながら、どこか嬉しそうにジョミーはそっと耳にかけた補聴器に手を当てる。
「誰よりも辛く、苦しいときを生きて、それでも諦めずにずっと希望を持ち続けた人の大事な記憶。
…ここまで来ることができたのは、その記憶が僕の支えになってくれたからだ。」
その人を思い出しているのだろう、切なげな表情がそれを物語っている。
「…今は、その記憶の持ち主の思いを果たしたい。そして、いくつもの戦いで犠牲となったものに報い、これ以上の戦いは止めたい。」
だから地球へ降りる、と告げるジョミーに、パパもママもかける声すら失ったようだった。
今度こそジョミーはゆっくりと歩き出したが。何を思ったのか部屋を横切ると、黙ってこのやり取りを見守っていた少女に歩み寄った。
少女は目を丸くして、ジョミーを見上げる。
「君はパパとママが好きだろう?」
腰をおとし目線を合わせて問うと、少女は呆然とうなずいた。それを聞くと、ジョミーはいくらか表情を緩めた。
「では、君がパパとママを守るんだ。いいね…?」
僕の分まで。そんな言外の思いまで伝わってくるようだった。
「う、うん…!」
戸惑いながらも力強くうなずく少女に、ジョミーは近年なかった微笑を浮かべて、今度こそ部屋を後にした。
実はずっと書いてみたかった、パパママとの再会!
本当にブルーのことはどう表現すればいいんですかね?こういう場合…。恋人、と最初に書いてしまい、慌てて訂正…。 |
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