『僕も一緒に行きます!』
後ろを振り返ると、ジョミーが睨みつけるように立っていた。
彼にしては珍しく思念派を使うのは、ほかのものに聞かせたくないからだろう。ここはシャングリラのブリッジ。人目も多い。
『いくらあなたでも、一人では無理だ。あんな破壊力のあるものを止めれば、あなただってただで済むわけがない。あなたの能力は最高だと認めますが、どちらかといえばサイコキネシスは不得手のはずだ。僕も一緒に戦います!』
成長したね。
戦士として戦況を理解する能力を身に着けたことに喜ぶべきかな。
『ごまかさないで下さい!』
純粋に感心したのに、ジョミーには通じなかったようだ。
ごまかしてなんかいない。冷静に僕の能力と体力、それとメギドの火の威力を比べて難しいと判断しているのは君だけだ、ジョミー。他のものは、言い方は悪いが、単に僕の力を量ることができないから不安に陥っているだけだ。
それにこの状況を理解できるのなら、僕たちが二人同時にこの船を離れ、戦いに赴けばどうなるかは分かると思うが。
そう伝えれば、ジョミーはばつの悪い顔をして黙り込んだ。
指導者不在となれば、命令を下すものがいない。どれほど優秀な者がいようが、統率の取れない軍隊など、烏合の衆といっても過言ではない。
しかしジョミーはきっと顔を上げた。
『じゃあ僕が行く!あなたはここに残ってください!』
また無茶を言う…。
『あなたのほうがよっぽど無茶苦茶です!!
いい加減にしないと、実力行使に出ますからね!』
これだけ興奮して怒鳴らなかっただけ、理性が働いているということか。この場で、相手の武器の威力のすさまじさやこちらの戦力について大声で怒鳴りだせば、士気にかかわる。精神的に虚弱なミュウはそれだけで動揺し、力の半分も出し切れないときが往々にしてある。
『あの、お二人ともどうかされたのですか?』
ふと傍らを見ると、リオが心配そうに交互にジョミーと僕を見比べている。
思念波をシャットアウトしているため何も聞こえていないとはいえ、二人の指導者が何も言わずにらみ合っているのは不自然極まりなかったようで、随分と注目を集めたようだ。
「いや、なんでもないんだ、リオ。」
ジョミーは幾分静かな声で否定を返す。
「ジョミー、格納庫へ来てくれ。ハーレイ、後は頼む。」
とにかくジョミーを説得しなければいけない。僕を殴り倒してでもこの場は譲らない勢いだ。
…健康体の君に殴られると、さすがに僕でも気絶するかもしれないし。
ブリッジを出ると、ジョミーも黙ってついてきた。格納庫といったのは、特に意味があるわけではなかった。単に人が少なく、慌しい場所なので、何を言っていても喧騒にかき消されてしまうから。
「…ジョミー、君が僕に代わってメギドの業火を受け止めて、この場はなんとかやり過ごせたとしても、僕の寿命はそう長くない。君だって、メギドの火を受ければただではすまない。」
ならば、後継者の君がここに残り、後を引継ぐのが定めだろう?
そう言えば、ジョミーはかっと顔を朱に染めた。
「なぜあなたはいつも自分を後回しにするんですか!
あなただって、生きて地球へ行きたいはずだ!それを押し殺して…!」
ああ、ジョミーは優しいね。
場違いな僕の思考のせいか、ジョミーはいったん言葉を切ってうつむき、しばらく黙った後に、ぽつりとつぶやいた。
「…フィシスはあなたが生きて戻ると信じています。」
…今度はこちらが言葉を失う番だった。
「必ず戻ると…、そう約束したあなたを信じています。」
「…そうだったね。」
彼女を不安にさせないためについた、嘘。確かにそれは心残りだが。
「ジョミー、彼女を頼めるだろうか。」
「嫌です!」
「ジョミー…。」
「それに!僕が行ったほうが生き残る確立は高い。
サイオンの強さではあなたと僕は互角だと思う。けど、僕のほうが物理攻撃に強い分有利だ。あなたより僕のほうが若いから体力もあるし身体も強い、だから…!」
「随分ひどいことを言う。」
苦笑いをしながら言えば、さすがに言い過ぎたと思ったのか、すみません、と小さくつぶやいた。
まるで僕が年寄りだから身体が弱いといっているようなものではないか。
「だがジョミー、はっきり言うがメギドの火を受ければ、それが君であっても僕であっても恐らく死ぬだろう。」
「じゃあ、なおさら…!」
「だからこそだ、ジョミー。君は指導者として僕を切り捨てるべきだ。」
そう言えば、ジョミーはひどく傷ついた目をした。
そんな顔をさせたいわけではないのに。
「…ねえジョミー、僕だって死にたいわけじゃない。けれど、この方法がもっとも犠牲が少なく、同胞を助けることができる最善の選択なんだ。」
「…認めたくありません。」
うつむいたジョミーの頬から滴り落ちる、雫。
「あなたを犠牲にして地球へ行って、一体僕にどうしろって言うんですか…!」
本当に優しいね、君は。
でも、君自身ももう分かっているんだろう?
「では、これを。」
いつもつけていた補聴器を外す。これを取ってしまうと、外の音はほとんど聞こえなくなってしまう。
ジョミーは驚いて顔を上げた。涙で濡れた緑の瞳が信じられないものを見るように見開かれる。
『地球まで連れて行ってくれ。僕はこれからもずっと君とともにいるから。』
外の音が聞こえないということは、自分の声さえ聞こえなくなる。
【ブルー…】
呆然とブルーを見つめるジョミーの唇の形がそうつぶやいている。
それから、【ごめんなさい】と。
『ジョミーが謝る必要はない。
僕こそ君に礼を言わなければいけない。僕のわがままを許してくれてありがとう。』
『いいえ!僕が力不足のせいであなたに負担ばかりかけて…。』
『そんなことはない。僕は君が僕の後継者であったことが嬉しいよ。』
ジョミーの伸ばした手が補聴器を受け取る。大切そうに両手で持つ仕草が、いつもの活発な彼らしくなく映る。
『…でも今は預かるだけにさせてください。』
戻れないと決まったわけではないのだから、と。
『それでジョミー、フィシスのことだが…。』
先ほどはっきりと断られたばかりだが、こればかりはジョミー以外に頼む人がいない。
しかし、今度はちょっと嫌な顔をしたけれど、あからさまに否定されることはなく。
『…何を、伝えればいいんですか。』
『できるなら悲しまないでほしいと。』
そう言えば、そんなことできるわけないと言わんばかりににらみつけられた。
『…分かりました。』
が、返ってきた思念は順従なものだった。
『あなたがそう望むのならば…。』
ジョミーは静かに息を吐き出すと、両手で顔を覆った。
『…皆が知らないあなたの決意を、僕だけが知っているっていうのは…、』
つらい…。
そうかもしれない。僕が逆の立場でもそう思うだろう。
涙はもう止まっているようだが、思念はひどく落ち込んでいる。それでも、懸命に悲しみをこらえて次の戦いに備えようとしている。
『すまない、ジョミー。』
僕との別れを君がそんなに悲しんでくれていることを嬉しいだなんて、君に知れたらきっと君は烈火のごとく怒るだろうと思いながら。
フィシスには悲しむなと言っておきながら、君にはそう言えない。
『…君に嘘はつけないから。』
補聴器授与予想。補聴器までもがブルーとともに消滅なんて、悲しいよう…。 |
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