|    面会謝絶、と言い渡された。それはそうだろうと思う。もともと体調のよくないところに持ってきて、僕が彼に負担をかけ、さらにそれを悪化させた。
 ソルジャーには雑音もなく、静かに休んでいただかなくてはいけない。
 その雑音とは誰のことか、すぐに分かったけれど、反論はできなかった。
  『ソルジャー・ブルーはお疲れなのです。』シャングリラに連れてこられた僕に、フィシスがそう言った。
 そんなはずはない、僕をかばい、テラズナンバーと戦ったあの人の腕は力強く、ゆるぎない強い意思を紅い瞳に宿していた。それなのに、強引に連れてきたくせに、話どころか会うことさえしない。そのことに苛立っていたことも事実だった。
 そしてようやく彼と会うことができたとき。
 ベッドからゆっくりと起き上がる姿を見て、臥せっていたのは本当かと思ったものの、背筋を伸ばして立ち上がり、静かだが強いまなざしを向けられた途端、そんな思いは吹っ飛んだ。
  あなたが邪魔しなかったら成人検査だって通っていたかもしれない…!僕はミュウじゃない!!
  なんてひどいことを言ったんだろうと思う。ママの記憶も級友の記憶もなくして、「大人になる」なんて、僕自身望んでいなかったのに。八つ当たりに近かった。
 それでもあの人は静かに僕に問うた。
 『では、どうしたい…?』
 その問いかけに面食らったものの、すぐに気を取り直して、アタラクシアに帰りたいと言った。
 『行くがいい。』
 僕の都合も聞かずにここまで連れてきたくせに、そんなにあっさりと帰る許可を出すなんて…。拍子抜けしたというよりも、ひどく物足りなさを感じた。今から思えば引き止めてほしかったのだろう。
 どこか無意識に、ソルジャー・ブルーに選ばれた自分自身が誇らしく、嬉しく思っていたようなのだ。
 この人を失望させてしまった…?
 部屋を去るときに振り返ったあの人の静かな横顔からは、そのことははっきりとは読み取れなかったものの、それ以外考えられなかった。
 それから後は思い出したくもない。
 パパやママがもう家にいなかったこと、大人たちに捕まってシャングリラの場所を問いつめられて…。再びあの人の介入を受けなければ、ママのイメージに対して喋ってしまったかもしれない。
 それに、リオにも随分迷惑をかけてしまった…。怪我をしたと聞いたけど、大丈夫だろうか。
 そして何よりも。
 ミュウとして目覚めて暴走した僕を止めようと追いかけてきてくれたあの人…。
 迷惑なんてものじゃない、彼にとっては命をかけてあの高さまで昇ってきてくれたんだ。制御を失った僕を止め、僕を助けるために…。
 そして…。力尽きた。
 化け物呼ばわりして罵倒して…。それなのに、あの人は微笑みながら言った。
 
 『おかえり』と。
  だから…。せめて謝りたかった。
 僕のわがままのせいであなたに無理をさせてごめんなさい。僕ができることだったら何でもするから、と。
 目を開けて。
 もう一度僕の声を聞いて…。
  そのとき。ふいに目の前が霞んだ。
 どうしたんだろう、目にゴミでも入ったんだろうか…?
 目をこすって瞬きを2回して、目の前の光景を見たとたん、僕は固まった。
 え…?ええーー…!?
 シャングリラに戻ってからは自分にあてがわれた部屋にこもって壁ばかり見ていたはずなのに…、どうして??
 目の前のベッドに青白い顔で横たわる彼の人がいる。あれほど力強い紅い瞳は、今はまぶたに隠されて見えない。
 「な、何で…。」
 何で僕がソルジャー・ブルーの部屋にいるの!?
 ブルーへの思いがジョミーを無意識にこの部屋までテレポートさせたとは、さすがに本人も気がつかなかった。でも、そんなことは一瞬にしてどうでもよくなった。
 成人検査のときに間近で見たこの人は、あんなに強かったのに、今はそんな片鱗も見せず、静かに眠っている。血の気のない青白い顔に、本当に生きているのか心配になる。地上への落下中に怪我をしたのか、胸に巻かれた包帯が痛々しい。
 それでも。
 それでもこの人は凛々しかった。
 「どうして放っておいてくれなかったんだよ…。」
 我知らず言葉が漏れた。
 「放っておいてくれたら、あなたはこんなことにならずに済んだのに…。」
 あなたにもしものことがあったら、悲しむ人が大勢いるのに…。いや、悲しむだけでなく、長を失ってすべてのミュウは途方に暮れるだろう。そんなことを分からないあなたではないはずなのに…。
 と、ジョミーは何かを感じて顔を上げた。
 誰かに呼ばれたような気がしたのだが、この部屋にはソルジャー・ブルーと自分だけ。
 気のせいかと思ったとき。
 『ジョミー…。』
 思念波!?
 確かに呼ばれた。でもこれは…、この感覚は…。
 慌ててブルーを振り返るが、先ほどと変わった様子はない。が。
 『すまない、意識が浮上するのにしばらくかかりそうだ…。』
 「ブルー!」
 絶対安静だと言われたはずなのに、この人は起きようと言うのか!?
 ジョミーはこの部屋に来たことを後悔した。今すぐ出て行こう、この人には休養が必要なんだ。
 しかしそれを知ってか牽制するようなブルーの思念波が響く。
 『大丈夫、無理はしない。』
 ブルーのまぶたがかすかに動いた。と、ゆっくりとまぶたが上がる。
 紅い瞳が現れ、ベッドの脇に立つジョミーにまなざしが向けられた。穏やかな目だ。
 「ブルー…。」
 ジョミーがブルーと会うときは、ミュウの長という立場が必ず絡んでいたためか、ブルーのこんな静かな瞳と対峙することなんてなかった。そのせいか、強いと思っていたブルーが儚げに感じられた。
 会いたいと、あんなに話をしたいと思っていたのに、言葉が出てこない。謝りたいと思っていたのに、それさえ頭に浮かんでこなかった。
 『怪我は?』
 目を見開き、すでに意識があるというのに思念波を使うのは、多分喋るのが辛いからだろう。自分と違い、ブルーにとってはそのほうが楽であるらしい。
 「け、けが…?」
 ついおうむ返しに聞いてしまうのは、ブルーの顔を見ているだけでなぜか頭が働かないせいだ。
 『怪我は、ないのか?』
 ジョミーが怪我をしていないか訊いているらしい。
 「な、ないよ…。」
 それを聞いてほっとしたらしく、ブルーの目が心持ち細められた。
 『それはよかった。
 でもひどい顔色だ。少し休んだほうがいい。』
 最初、ブルーが誰のことを言っているのかわからなかった。
 今声さえ出せないほど衰弱しているのはブルーのほうだ。それなのに、そんな状態に追い込んだ僕をなぜあなたが心配するのか。
 『…ジョミー?』
 返事がないのをいぶかっているらしい。
 僕の思念は強すぎてだだ漏れだと言われたことがあるのに、この人は今それさえ感じることができないようだ。思念波は会話程度、今はそれが限界なのだろう。
 「…どうして僕を助けたんです…?」
 そう言うと、彼は少し目を見開いた。「きょとんとした」表情だと思った。
 「だって、僕を助けなければあなたはこんな目にあうことはなかったはずだ。勝手に船を出て行った僕なんて放っておいてくれればよかったのに…。」
 そうじゃない、それより先に言わなきゃいけないことがあるだろう!
 「あなたのほうが、僕なんかよりも生きている価値があるんだから!僕が死んでも誰も悲しまないけど、だけどあなたは…!」
 パパやママぐらいはその事実を知れば、少しは悲しんでくれるかもしれないけれど、多分そんなことは知らされない。タブーとしてなかったことにされるだけ。僕ら人間の世界なんてそんなものなんだ。そんなことも分からずに、あなたに反発し、暴走した結果がこれだ。
 ああ、それより、こんな恨み言よりも、あなたには謝らなければいけないのに。
 「…あなたはミュウにとって、なくてはならない人だ。だから…。」
 とにかく謝らなければと思って続けようとしたのだが。
 『ジョミー。』
 ジョミーの独白に近い科白はそこでさえぎられた。
 『生きている価値のない者などいない。』
 静かだが確固とした意思を持った言葉だ。
 『君も僕もそれは同じだ。
 それに、この件で君が気に病むことは何もない。すべては僕の我侭から派生したことだ。』
 「そうじゃない!」
 そうじゃなくて!
 あなたは僕を選んですまないと、何度も謝っていたけれど、僕はあなたに謝ってほしいわけじゃない。ましてや僕はもうあなたの我侭なんて思ってない。
 「僕は…!」
 あなたのことで僕が責任を感じているというだけの話じゃない。もちろんそれはあるけど、僕があなたを救えないこのもどかしさをどう表現すればよいのか分からない。あなたは僕を何度も助けだしてくれたのに、僕はあなたに何もできない…!
 「僕はあなたに死んでほしくない…!」
 そうなのだ。そういうことなのだ。
 なぜもっと早くに気がつかなかったのか。
 僕は、夢であなたを見ていたときからずっとあなたに憧れていた。成人検査に介入し、僕を支えてくれたあなたの横顔に、場所をわきまえず見惚れていたこと。この船で初めてあなたに会ったとき、あなたのまっすぐな視線に見つめられてどきどきしたこと。あの時は反発しかできなかったけれど。
 そして、宙まで迎えに来てくれたときのあなたの姿を見てほっとしたこと…。もっとも、そのせいでこの有様なのだから、そんなことで喜ぶのは不謹慎なのだけど。
 でも、正直に言うと嬉しかった。まだ見捨てられていなかったという安堵感と、思い出すのも嫌だろうと思うブルーの記憶をわざわざ見せてくれたときの信頼感…。
 ポタポタと、何かが床に落ちた。それが自分の涙だとようやく気がついたくらい、われを忘れてしまっていた。
 ブルーはというと。
 しばらく黙っていた。少し困っているようにも見える。
 『…ジョミー、手を取ってくれないか。』
 手…?
 何なのだろうと思ったけれど、素直にブルーの手を取るべくベッドの横にひざまずいた。声も出せないのだから、腕を上げることも無理であろうことは簡単に推測がつくし。
 シーツをよけると、細い腕が現れた。
 この人ってこんなに華奢な人だったのか…と思った。ミュウの長としてみていたころは、気がつきもしなかった。そんなことを考えながら、ブルーの手に触れた。
 冷たい、と思った。これで目が覚めていなければ、本当に死んでいるのではないかと疑いたくなるほどだった。
 そう思ったのもつかの間、嬉しいような悲しいようなあたたかい気持ちが流れ込んできた。
 これって…?
 『今、僕には君を安心させられるだけの言葉は持ち合わせていない。だから、手っ取り早く僕の気持ちを君に分かってもらおうと思った。』
 …ああ、ミュウってこういうことができるんだ…。
 ジョミーは知らなかったが、これは接触テレパスというテレパシーの一種だ。接触している分、負担が少ないとは、ジョミーは後で知ることになる。
 宙で僕が口走った『生きて』という言葉、今伝えた『死んでほしくない』という気持ちに純粋に嬉しいと感じている部分や戸惑っている部分、それとは反対に、僕が『生きている価値がない』と思っているところに心を痛めている部分。ミュウの未来を憂える気持ちと僕に重責を負わせるというジレンマ…。
 いや、多分会う以前から僕のことに心を砕いていたのだろう、包み込むような優しい思いが伝わってきた。
 こんなことができるなら、テレパシーも悪くない、と思った。
 …ということは…、僕の気持ちもブルーに分かってしまうってこと…?
 でも、それでもいいと思った。別に隠すつもりもないし、言葉で表現するには僕には難しいし。
 どのくらいそうしていただろう。
 テレパシーを受け取るのは慣れているわけではないけれど、ブルーのそれはかなり疲弊しているように思え、休養が必要であることは感じられた。
 ずっとこうしていたかったけれど、それではブルーが休めない。心残りな気がしたけれど、ジョミーはそっと自分の手を離そうとした。
 「…ありがとうございました。もう、僕は大丈夫だから、ゆっくり休んでください。」
 不思議だ、この人といると元気になったような気がする。
 立ち上がろうとして、ブルーに触れている手を引こうとしたときに、ブルーの手が僕を掴んでいることに気がついた。ほとんど力は入っていなかったけれど。
 なんだろうと思っているところへ、ブルーの思念波が話しかけてきた。
 『そういえば、宙での返事を聞いていない。』
 「え…?」
 成層圏でってこと…?何か聞かれてたっけ…?
 考えたがよく分からない。
 困ってブルーを見ると、少し目を細めた。
 『おかえり、と僕は言ったのだが…?』
 あとで思えば、ブルーの目には僕をからかうような色が浮かんでいたような気がしたのだけど…。
 「あ、え…??」
 『返事は?』
 「…た、ただいま…。」
 言われるままに口にしてみると、今まであまり表情のなかったブルーの表情が緩んだ。
 「おかえり、ジョミー。」
 吐息に近いほどの声だったけれど。
 あのときと同じように、あたたかい言葉だった。
 
 
 
 
      
        | 初書きテラ話!二人仲良く戦ってる姿とかみたいなあ…。 |   |